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【短編小説】天使と悪魔と二次創作

「二次創作、やってみようかなぁ」
 彼女がそう呟いた時、天使と悪魔が現れた。

「二次創作はいいものですよ。自分の思い浮かべたものが形になって、人々に褒められ、好かれる喜びは何物にも代えがたい宝になります」
「いいえ。騙されてはいけません。二次創作は地獄です。作品が評価されるのは一定のクオリティを高水準に保てる人だけで、それ以外は見向きもされません。消費側に徹する方が明らかに幸せです。妄想を形にしたいのなら、創作者に金を握らせれば解決しますし」
 さすがは天使と悪魔。言っていることが真逆である。
「それは大勢に褒められようとするから苦しくなるのです。あなたの身の回りにいる方々は、あなたの作り上げた素晴らしい作品に温かい言葉を投げてはくれないのですか? 答えは否でしょう。大勢の称賛を願わず、等身大の喜びを享受すれば、二次創作はあなたに喜びを与えてくれます」
「どうせ最初の頃はイイネをくれたって喜んでいても、だんだん友人からイイネをもらえなかった時のことが気になり出すのが関の山でしょう。人間は欲深い生き物ですから」
 二人そろって穏やかな物言いだ。しかし、ぶつかり合った視線からはバチバチと火花が飛び散っている。
「確かに承認欲求は恐ろしいものです。しかし、そういった苦しみと付き合ううちに、自分の創作物が唯一無二であることに気が付くのです。『私の絵は私にしか描けない』という気づきは、すべての創作物は尊いものであるという素晴らしい結論へと行きつくでしょう」
「評価されない底辺絵師の創作物を尊いと思えるわけがありません」
「何をおっしゃるのですか。すべての創作物は尊いものです。例え評価がされなくとも、創作物の価値は平等です」
「評価されない創作物も尊いという慰めが何になるのですか。誰にも見てもらえない苦しみや痛みの前で『自分の作品を愛しましょう』だなんて単なる綺麗事ですよ。大勢が『無価値』と吐き捨てたものに愛情を注いで何になるんですか?」
 あくまで穏便に事を運ぼうとする二人であるが、少々語気が強まっている。
「他人からの評価を価値のすべてと考えるのはいけません」
「ではどうやれば、誰も愛してくれない自分の作品を愛することができるのですか? 承認欲求に飲まれずに済むというのですか? 世の中の人々はみんなこの話題になると口をつぐみますよね」
「たくさん作るのです。回数を重ねねば分からないこともあります。世の評価されている神絵師さまだって最初は初心者でしたよ」
「まず作品を愛せなければ、その方法が分からなければ、制作回数を重ねるなんて無理な話だと思いますがね」
 天使と悪魔の言い争いが延々と続いている。二次創作を始めてみようかな、と呟いただけでこれだけの言い争いになるとは彼女の想定外だった。確かに、二次創作をしているフォロワーはみんな楽しそうではあるが、Twitterのタイムラインを眺めていると闇の一面というものも発生している。どちらの言い分も正しいように思えた。
「そもそも、評価を重視するのが過ちです。己の妄想を形にできたところに帰結すれば、そのような苦しみは生じません」
「手の構造もまだ分からない、顔もいまだに上手く描けない。そんな状態で描いた絵が、本当に妄想を形にできたといえるのですか? 大体、あなたはいつもそう。二次創作は楽しいなどという甘言で人々を惑わし、その人が壁にぶつかっても救いを差し伸べるわけでもない。二次創作は完璧な概念であり、そこに苦しみや悲しみが存在しないかのような物言い。虫唾が走ります」
「あなたも無茶を言いますね。二次創作は楽しいものです。苦しくて辛いものだったらここまで市場は成長しません。それとも、私たちが二次創作を布教するのであれば面倒を見なければならないとでもいうのですか? イイネや感想を書けと? 忖度による感想がいったい何の意味を成すというのですか」
「真顔で『クソワロタwww』と打ち込む連中がはびこってる中で、忖度による感想に目くじらを立ててる方が愚かでしょうね」
 しかし、彼女は少し困っていた。
「どのみち、ものを作る喜びは消費側に立ち続ける限り知ることができません」
「それなら、ものを作る苦しみは消費側に立ち続ける限り知らずに済みます」
 この言い争いをしている二人の、
「さあ、二次創作を始めましょう」
「いいえ。騙されてはいけません。二次創作なんてやらない方が幸せです」
 ――どちらが天使で、どちらが悪魔なのだろうか?

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)