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【短編小説】どうにかなっちゃった

(ハンドルネーム「てるわか」から送られてきた、TwitterのDMより)

「Sさんへ。本当にごめんなさい」
「私は……あなたの絵が好きだったので、きっとみんなも気に入るだろうなと思っていました」
「確かに少し暗くてシリアスな絵ですけど、そんなのpixivにもTwitterにもたくさんあるじゃないですか」
「最初は……ネットに絵を上げるのを怖がっていましたね。もしも悪口が来たら、どうなっちゃうか分からないって。震える声でそんなことを……でも私は、Sさんの絵が評価されるって……思ってたから……元気づけたんです……本当なんです」
「匿名メッセージツールに攻撃的なメッセージが来るようになった、って聞いたとき、本当にびっくりしました」
「まずはメッセージを閉鎖して、って言って、そういうのが来たことは言わないようにして、って。絵は描き続けて構わないから。あなたは何も悪いことしてないから、って……私もこういうのは初めてだったので、もしかしたらもっといい対処法があったかなぁと、今でもちょっと、自信がないです」
「悪いのはそういうことを言ってくるネットの人たち、ってことは、変わらないと私は思います」
「Sさん、お願いです。作ることを辞めないでください。私のワガママかもしれないけれど……あんな悪意に負けないでください。ネットの連中がわーわー騒いでいる声の何倍も大きな声で、何度でも何度でも私は言います」
「あなたの絵が大好きだ、って!」

 DMを見たSは項垂れていた。てるわかにはとても世話になった。アカウントの登録方法も教わったし、彼女はいつも自分の絵にいいねとリツイートをくれた。ときどきリプライもくれた。
「もの悲しそうな雰囲気が大好きです!」
 といったメッセージが、顔文字と絵文字をつれてやってくる。
 Sは息を吐いた。屋上には冷たい風が吹いている。
「私はどうにかなっちゃったけれど、もう大丈夫だと思う」
 そんなことを言っても、てるわかには聞こえないのだが――。

 てるわかの強烈な一押しで、Sはpixivに絵を投稿するようになった。流行ジャンルというわけではなかったが、独特な世界観と救いのない展開が妙にウケたらしく、そのジャンル内ではそれなりに名前が知られるようになった。
 一年ほど前から、匿名メッセージツールに中傷が届くようになった。
「○○くんが可哀想」「どうしてそんな酷い話を書けるんですか」「絵描くのやめちまえ」――よくある文句ではあったものの、Sはどうすればいいのか分からなかった。
 てるわかは驚きはしていたものの、適切なアドバイスをくれた。Sはその通りに、匿名メッセージツールを閉鎖し、pixivの通知もオフにした(当時はコメント欄の閉鎖ができなかったのだ)。Twitterも鍵アカにして、絵は変わらず描き続けた。コメント欄の異常を知ったファンが援護射撃をしてくれているということをSはてるわかからの報告で知った。
 Sは言った。「もうどうにかなっちゃいそう」と。
 てるわかは「負けないで!」と言ってSのことを励ましてくれた。
 ――それなのに、Sは、どうにかなってしまった。

 傷ついてぐちゃぐちゃになったSは、しばらくSNSに姿を現さなくなった。てるわかは本当に心配して、色々と連絡をくれた。あのDMもその一部である。Sは忙しかったのだ。情報を集めたり、相手の住所を調べたり、ロープやノコギリを用意したり、それを使ってちょっといろいろ物騒なことをしたり。

「あんたアタシのpixivに『ヘタクソやめろ』って書いたでしょ、死んで」と言って腹を切りつけたり。

「あんたアタシのpixivに『二度と絵うpすんなゴミ』って書いたでしょ、殺すね」と言って首を絞めたり。

 本当に忙しかったのだ。

 なぜなら、どうにかなってしまったので。

 Twitterのトレンドには「あちらこちらで、むごたらしい殺人事件が発生している」という物騒なニュースに関連するワードが並んでいた。Sはため息をついた。再び中傷コメントが増えたのだ。また特定して、向かわねばならない。どうにかなってしまったSは考える。どうしてこうなってしまったのだろう、と考える。ちょぴっと泣いた後に、涙を拭いた。

 ――次は撲殺がいいかな、と考えた。

気の利いたことを書けるとよいのですが何も思いつきません!(頂いたサポートは創作関係のものに活用したいなと思っています)