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おじを襲う肉離れの恐怖

おじの身体に突如襲い掛かるアクシデントがある。それが“肉離れ”だ。

おじが子供の運動会に参加しイキって猛ダッシュをした時、会社でかっこをつけて重い荷物を運ぼうとした時、運動不足を解消しようと朝からランニングをしてそろそろ温まってきたなとスピードを速めた時、アスレチック公園で子供と一緒にターザンロープをしてゴールで想像以上の衝撃波が身体を襲った時……そういったおじの油断と慢心を一刀両断するが如く襲い掛かってくるのが肉離れなのだ。

肉離れとは筋肉の断裂のことを指す言葉であり、筋肉痛とは一線を画すスポーツ傷害だ。筋肉痛は長くて1週間も休めばほぼ回復するし、回復後はむしろ負荷を乗り越えた筋肉は強くたくましく成長する。しかし肉離れはそうはいかない。

肉離れとは文字通り筋肉が裂けてしまう怪我であり、その裂け目の深さによっては痛みが完全に引くまで数か月かかる場合も珍しくない。しかも、痛みが取れて以降もしばらくの期間は、少し運動をすると受傷箇所が突っ張ったり攣ってしまいそうな違和感が残ってしまう。

酷い場合は患部の筋肉が抉れたように陥没してしまい、筋力そのものがもとのレベルにまで戻らないこともある。しかも、一度肉離れを起こした箇所の筋肉は、肉離れを再発しやすくなってしまう。肉離れを経験した筋肉が脆くなってしまうのだ。

なぜ筋肉痛なら強くなるのに、肉離れまで行くと弱く脆くなってしまうのだろうか?それは修復のメカニズムの違いにある。

筋肉痛レベルの小さな筋肉繊維の破損なら人間が持つ回復力によって綺麗に修復される。しかし、肉離れクラスの大きな断裂となると、千切れて離れてしまった筋肉同士を引っ張ってつなげることは、人の自己治癒力では不可能なのだ。筋肉痛がゴム表面のささくれ程度とすれば、肉離れはゴムが3割ほど切れてしまったようなものだ。筋肉痛と肉離れは損傷のレベルが違うのだ。

しかし人間の持つ再生能力を侮ってはならない。切れた筋肉を縫い合わせることは出来ないが、その断裂部分を筋肉繊維とは別の素材で穴埋めすることならできるのである。その際に出番となる細胞が瘢痕細胞(はんこんさいぼう)と呼ばれるものだ

瘢痕細胞とはカサブタのようなものであり、肉離れによって陥没した個所をまるで壁に空いた穴をパテで埋めるように修復していく。そして数か月の時間をかけて、瘢痕細胞はシリコンコーキング材のように筋肉の断裂部分を埋めてつなげてくれるのである。

しかしこの瘢痕細胞による自己治癒メソッドには大きな問題点がある。それは瘢痕細胞が筋肉繊維のようにしなやかで柔軟性のある丈夫な細胞ではないということだ。切れたゴムを接着剤でつないだような状態に過ぎないのである。

そのため、再び強い負荷がかかった場合、瘢痕細胞でつなぎ留められた筋肉はいとも簡単に再断裂してしまうのだ。そのため、肉離れは一度やってしまうとクセになってしまうのである。

そして最初は小さな肉離れでも、何度も再発を繰り返すうちにその断裂はどんどん深く酷くなっていく。そして、最終的には少しの負荷で痛みや筋肉の強い張りを感じてしまい、スポーツそのものが出来なくなってしまうのだ。

繰り返し肉離れを起こした筋肉は、日常生活レベルの負荷をかけているだけで、ぴくぴくと痙攣して“そろそろまた肉離れするから気をつけろ!”とメッセージを送ってくるようになる。酷すぎる肉離れは日常生活すらも危うくする高いリスクがあるのだ。

肉離れがきっかけで現役を引退に追い込まれてしまうプロアスリートは多い。特に強い負荷が瞬間的にかかるスポーツや、大きな体格を持った選手がぶつかりあうコンタクト系スポーツ、格闘技などは、重度の肉離れを起こしやすい。

日本球界歴代最高の捕手として名高い古田敦也氏も、引退の大きな原因となったのがふくらはぎの肉離れであった。メジャーで活躍する大谷翔平選手も何度も肉離れを経験している。巨体で素早く動くことを求められる野球も非常に肉離れが起きやすい競技の一つだ。

肉離れの恐ろしいところが手術などで完治させることが極めて難しい点である。腱断裂もアスリートを引退に追い込む非常に過酷な大怪我であるが、今はスポーツ医学の進歩によって、断裂した腱の場所によっては手術療法で以前と変わらぬ競技成績を残せる時代となっている。

プロ野球選手の投手の多くがトミージョン手術と呼ばれる肘の靭帯の再建手術を受け、見事な復活を果たしている。むろん長いリハビリは必要であるが、完治さえすれば以前より強い出力が出すことも可能だ。

しかし腱同士を縫い合わせる、他の箇所から腱を移植して骨に固定できる腱断裂とは違い、肉離れによって千切れた筋肉は手術でつなぐことができない。酷い肉離れは腱断裂よりも予後が悪いのだ。

このような恐ろしい肉離れであるが、奴らはプロアスリートのみならず我々おじにも容赦なく襲い掛かってくる。運動から遠ざかり、日々硬く弱く衰えていく中年男性の筋肉はちょっとした負荷でいつ千切れてもおかしくない状態だ。ちょっとしたダッシュやジャンプで容易におじの筋肉はちぎれてしまう。

特に子育ては危険がいっぱいである。筆者も昨年子供とアスレチック公園へ出向いた際に、ターザンロープにチャレンジしゴール地点の衝撃波で肩の筋肉を傷めてしまった。そして回復するまでに1か月以上かかってしまったのだ。それ以降ターザンロープには近づかないように心がけている。

子供と追いかけっこをしたり、サッカーや野球をしたり、鉄棒やアスレチックに挑戦したりと、とにかく子育ては肉離れの危険と隣り合わせだ。晩婚化が進む令和において、アラフォーの加齢した肉体で元気いっぱいの子供と共に運動やスポーツを楽しむためには肉離れの対策をすることは必要不可欠なのだ。若者には速いうちに子供を持つことを勧めたい。

また独身の中年男性にも肉離れのリスクは付きまとう。時間を埋めるためにランニングやサイクリング、筋トレなどに手を出す独身は多い。そして趣味の運動にのめり込んでいき、負荷を上げ出した正にその時、筋肉は音を立てて断裂するのである。

ここからはいかにして中年男性が肉離れの恐怖から逃れ対策するのか?そしてもしも肉離れをしてしまったら、どのように治療して回復させれば良いのか?絶対にやってはいけない治療方法は何なのか?について話していこう。

まず初めに、肉離れを経験したことがない人に向けて、肉離れが発生した時にどのような事態が身体に発生するのかを書いていこう。

軽度の肉離れの場合、筋肉に負荷をかけた瞬間に“パチン”という細いゴムが切れるような音が皮膚の下で鳴る。その瞬間はあまり痛みを感じることはないが、何か力が抜けてしまうような違和感に包まれる。そしてそのあとに引きつったような痛みを感じ出すのだ。ただし、無理をしなければ普通に患部の筋肉を動かすことは出来る。

そして翌日以降に小さな内出血を確認することができる。筋肉痛と肉離れの最も大きな外見的な違いがこの内出血の有無だ。筋肉痛はどれだけ酷くとも皮下の出血を伴うことはないが、肉離れは筋肉の断裂と共に毛細血管も切れるため、内出血が発生するのである。このような軽度の肉離れの場合、正しい治療をすれば1か月程度で回復できる。しかし、それよりも酷い肉離れの場合はそうはいかない。

では次に中程度以上の肉離れが起きたときにどのような事態が起きるのかについて書いていこう。“バツン”……

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