第110話 Bランク冒険者の実力

 ケンとティナが1階フロアに下りると、他のメンバーは、当然の如く準備を終えてすでに待っていた。

「おはよう、みんな」

 いつものことなのか、何も気にせず挨拶するティナに、メンバーから小言が飛ぶ。

「寝坊助遅すぎ」

「もう少し早起きを心掛けた方がいいですよ」

「相変わらずの遅さだな。少しは早く起きれないのか?」

「私が早起きしたら雨が降るわよ?」

 悪びれもなく答えるティナの後ろにはケンがいたので、ガルフはそちらにも声をかけた。

「ケン、悪かったな、ティナの面倒を見させて。いつもならニーナが叩き起すんだが」

「いえ、同室だから仕方ないですよ」

「それにしても疲れてるな。相当起こすのに苦労したんだろ?」

「まぁ、色々と……今日は特に起きなかったので……」

 そんなことを言った哀愁を漂わせているケンは、傍から見ても疲れているのが目に見えてわかった。

「ケンは休みにしとくか? うちのメンバーのせいで疲れただろうし」

「お気遣いありがとうございます。でも、クエストは久々な上に、楽しみだったので参加させてください」

「まぁ、ケンがそう言うならいいか。じゃあ、出発だ」

 ガルフの掛け声で、宿屋から出ていくメンバーたち。ティナは、ケンが来るのを待っていたようで入口に立っていた。

「それじゃあ、私たちも行きましょ」

 そう言って手を繋がれたが、疲れのせいか何かを言う気にもなれず、されるがままケンは歩き出した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 街から出て街道を外れた後、しばらく草原を歩いて行くと、遠くの方に何かいる気配をケンが感じとった。

「ガルフさん、この先に何かいます」

 相変わらずティナと手を繋いだままのケンが、ガルフへと報告する。後ろを振り向いたガルフは、傍から見たら姉弟みたいなその光景に、苦笑いをしつつも聞き返した。

「まだ何も見えねえけど、何か感知したのか?」

「多分、モンスターだとは思うのですが……」

「この距離じゃスキルってわけでもねえよな……直感的な何かか?」

 ブツブツと独り言のように喋り、まだ何も見えていないことと、距離があり過ぎることで、気配探知のスキルではないと経験則から考えて、たまにいる直感の鋭い方かと、ガルフは勘違いをした。

「まぁ、見晴らしもいいことだし、不意に襲われる事はないだろ。森とかなら、用心しながら進まなきゃいけないけどな」

「ここは草原地帯だしね。不測の事態にも、それなりに対処は可能かな」

「安心安全」

「ケン君は気配探知が得意なの?」

 ティナの問いに、ケンが答える前にガルフが釘を刺す。

「ティナ、スキルの詮索はマナー違反だぞ」

「確かにそうだけど、今はパーティー組んでるんだからいいじゃない」

「それでもだ。今組んでるのは、臨時パーティーだからな」

「ガルフだってさっき聞いてたじゃない!」

「俺は直接的に聞いてないだろ」

 言い合いをしている2人の仲裁に入るため、ケンが先程の問いに答えた。

「まあまあ、俺は別に構いませんから。ティナさんがさっき聞いた、気配探知のスキルは持っていますよ」

「ケンが自分から言うなら仕方ないが……あまり他の冒険者に、自分の所持スキルは言わない方がいいぞ。狙われたりもするからな」

「さすがに信用できない人には言いませんよ。皆さんのことは信用できるから話しただけです」

「お人好し」

 信用されていることが嬉しかったのか、メンバーは口元がにやけていた。

「それにしても凄いね。まだ見えないのに探知できるんだね」

「確かにな……あれって探知できるのは、2、300メートルくらいだったろ?」

「いや、僕の聞いた話だと、レベルによって決まるらしいよ。凄い人とかになると、1キロ先でもわかるみたいだよ」

「1キロかよ! そんな遠くの気配を察知しても、そこに行き着くまでに時間がかかるから、意味が無いように思えるがな」

「普通の冒険者ならそうだけど、斥候とか専門にしている人には、必要なんじゃないかな。戦争の時とか役に立ちそうだし」

「戦争反対」

「そうだね。戦争は力のない人が襲われたりするからね」

「そろそろお喋りは終わりよ。見えてきたわよ」

 ティナの言葉に、一同が前方に視線を移し歩き続けると、遠くの方に魔物らしきものが僅かに見えてきた。

「相変わらず目がいいな。さすがは森の狩人、エルフだな」

「煽てても何もあげないわよ」

「それは期待してねぇから心配すんな」

「それにしてもケンの気配探知は凄いね。斥候役として国にスカウトされるんじゃないか?」

「国に仕える気はありませんね。世界中を旅するのが目標ですから」

「夢があっていいねぇ。俺はそこそこに稼いで、生活できればそれでいいからな」

「保守的」

「それでいいんだよ。ゆくゆくは結婚して、家庭持ってのんびりしたいからな。それまでに、稼げる時に稼いでおかないとな」

「僕はAランク冒険者になる事が目標かな」

「どうせならSランク目指せよ」

「いや、さすがに人外になるのは無理だよ」

「ギルドマスターに聞いたんですけど、功績を積んでればSランクになれるそうですよ。別にドラゴンとか倒さなくても」

「意外なところから秘密情報が出たな。良かったな、ロイドでもSランクになれるみたいだぞ」

「そうだね。こんなところで、ランクアップの裏情報が手に入るとは思わなかったけど。僕でもSランクを目指せそうだよ」

「情報漏洩」

「そういうニーナは何かあるのか?」

「魔法たくさん覚える」

「そうか。魔法使いだもんな。でも、ちゃんと結婚しろよ? 魔法ばっかり相手にしてたら行き遅れるぞ」

「大きなお世話」

「さて、ぼちぼち戦闘準備に入るか」

 そう仕切り直したガルフに、どこからか待ったがかかった。

「ちょっと、私には何も聞いてくれないわけ?」

「ん? お前はこの前、ケンの母親と嫁宣言しただろ?」

「え? あれって冗談じゃないんですか?」

 酒の席での冗談だと思ってたケンだが、ティナがすかさず反論する。

「本気よ! 冗談だったら一緒に寝たりとかしないわよ。エルフは身持ちが堅いのよ!」

「そうだったんですか。てっきり子供相手だから、危機感なく接しているものとばかり……」

「鈍感」

「えぇ……なんか酷い言われような気が……それで話は戻しますが、母親にはなれないと思いますよ」

「どうして? 私じゃダメなの?」

 ちょっと泣きそうな顔になっているティナに対し、ケンは正直に答えた。

「多分、生死はわかりませんが、両親は何処かにいると思いますし、ティナさんは、どちらかと言うと綺麗なお姉さんって感じだから、母親とは思えないんですよ」

「え? それってつまり……」

 急にモジモジしだしたティナとは別で、ニーナから鋭いツッコミが入る。

「天然ジゴロ」

(ん? 謂れのない非難を受けた気が……)

「それに今朝のダメダメっぷりを見てますからね。母親役は諦めて下さい。」

 そう結論を述べたケンに対して、ティナは嬉々としていた。母親代わりは断られても、将来の嫁にしてもらう方は、断られていなかったからだ。

「話が纏まったなら、戦闘準備に入るぞ」

 ケンのジゴロっぷりに呆れつつも、ガルフは気を取り直して声をかけた。

「まず、ケンはティナと一緒に後方待機な。俺とロイドで前衛をして、ニーナが後方支援。戦闘はニーナの魔法を撃ち込んで、バカ牛がこっちに来たらロイドが防衛、その隙に俺が横から攻撃する。何か意見あるか?」

「私は、ケン君と一緒に見てるだけでいいの?」

「あぁ、もしもの時は、お前がケンを守ってやらなきゃいけないからな」

「それもそうね」

「よし、作戦開始だ!」

 先程の場所から、そのまま静かに近づいていき、残り200メートルくらいのところで、ニーナが詠唱を始めた。

「清廉なる水よ 矢となりて 敵を穿て《ウォーターアロー》」

 ニーナの頭上に現れた水球が、見る見る内に形を変えて矢を形成すると、眺めていたケンは感嘆として、それを見たニーナはドヤ顔をしてみせた。

 無数の水の矢は、そのままグレートブルへと飛んでいき、その巨体へと突き刺さる。

 水で出来ているせいか刺さったあとは、ただの水となり重力にならうように落ちたが、ある程度はダメージを与えられたようだ。

 怒ったグレートブルが、こちらへと猛突進してくるが、進行上にロイドが立ち塞がり、大盾を前方に待ち構える。

「大いなる大地よ 彼の者に 守るべき力を《ロックアーマー》」

 再び詠唱を終えたニーナの魔法が、ロイドを包み込む。一見何も起こってないように感じたケンは、ティナに質問する。

「ティナさん、今の魔法は何だったんですか?」

「あれはロイドの防御力を上げたのよ。見た目がショボイからわかりづらいけどね」

「ケンは私に聞くべき。ティナは一言多すぎ」

「いや、ニーナさんは戦闘中だし、戦闘に集中しなきゃ」

 その間にも、グレートブルは迫りつつあり、とうとうロイドへとそのまま突進攻撃を繰り出した。

 ガキンッと角と盾がぶつかる音が響き渡り、ロイドは身体の重心を低くして、押し込まれないように踏ん張った。

 それでも、相手のパワーの方が上のようで、ジワジワと押し込まれて、ブーツによる線跡が徐々に伸びてきている。

「ガルフ!」

「おう!」

 阿吽の呼吸で、すかさず横合いからガルフが急接近して、バトルアックスを振りかぶりながら、グレートブルの首筋へと振り下ろす。

「うおぉぉりゃぁあ!」

(ズシャッ)

 振り抜かれたバトルアックスは、首を断ち切るまではいかないが、充分に致命傷を与えており、グレートブルは、血を噴き出しながらその場に崩れ落ちた。

 倒れたあともまだ生きているようで、ピクピクと痙攣を繰り返していたが、やがてそれも終わり絶命したことがわかると、ガルフが感想をこぼす。

「ふぅ……やっぱり大剣にすりゃ良かったな。首を落とすつもりだったのに全然ダメだなこりゃ」

「いや、充分だよ。一撃で致命傷を与えたんだから……さて、僕は解体でもしようかな」

「凄かったです。鬼気迫る一撃でしたね」

「まぁ、ケンに先輩冒険者として、いい所を見せれたから良しとするか」

「次の討伐」

「そうだな。ケンの実力も見たいしな。ケン、周りに魔物の気配はあるか?」

「はい。ここから右にちょっと行った所に1匹います」

「じゃあ、次はそいつを狙おう。今回はニーナが後方待機で、代わりにティナが後方支援だ。ケンは前衛をしてみるか? 俺がサポートに入るから安心していいぞ」

 次の作戦を立てたガルフにケンが答える。

「はい、お願いします」

「もしバカ牛だった場合は、さっき俺がやったように、ロイドが食い止めている隙に横から斬りつければいい。何回か繰り返していれば倒せるだろう。他の魔物でも、だいたい同じような立ち回りになるから、動きを覚えておいてくれ」

 ロイドが解体作業を終えると、パーティーは次の目的の魔物へと歩みを進めるのだった。

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