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人工土壌技術の国内特許ランドスケープ

1.土壌とは?人工土壌とは?

昨年末頃から、次世代人工土壌とこれを用いた宇宙空間でのサステイナブル農業を標榜する株式会社Towingのニュースをたびたび目にするようになりました。Towingは名古屋大発のスタートアップで、高機能バイオ炭と呼ばれる多孔質化炭素素材を有機質肥料と混合した次世代型の人工土壌をコア技術としています。Towingではこの多孔質素材の空隙に微生物を包摂させることを特徴としています。

株式会社Towing HPより

このTowingの人工土壌は、植物残渣焼却灰から合成した多孔質バイオ炭を用いているため、植物体に固定化された二酸化炭素を再度土壌に固定しさらにここで栽培した植物は再び環境中の二酸化炭素を自身に固定化するため二酸化炭素循環において低環境負荷型でサステイナブルであるということを利点としています。

さて、ここまでで「人工土壌」と「土壌」という重要なキーワードが出てきました。この2つのキーワードの定義に区別がつかないことには今回掲げた「人工土壌の特許分析」という命題は果たせません。そこでリサーチすると参考になるページがありました。

ここを見ると「土壌とは要するに土(つち)を母材としここに動植物遺体成分が加わり、さまざまな自然環境のもとで生成した自然体」であると解説されています。ということは「人工土壌」とはこの「自然体」を人為的に合成したものと捉えればいいでしょう。今回の調査では「土」ではなく「土壌」として機能するもの、機能することを目指した人工土壌関連特許出願を取り上げたいと思います。若干あやふやではありますが調査の方向性が見えてきました。

2.分析母集団をつくる

分析には日立情報のSRPARNTERを使用し、9月末に下記の検索を実施しました。検討した結果、母集団は生存中の出願(下記検索式7)に限定しています。この分野には「個人のおもいつき」レベルの出しっぱなし(審査請求なし)の非常に雑多な出願が多く、そういったノイズ的な出願を多く眺めたところで有用な情報には辿り着けないと判断したためです。

1.TAC/(人工+人造+合成+人為)adj10(土壌+客土+ソイル+培養土+腐葉土)
2.TAC/(人工+人造+合成+人為)adj10(園芸土+植栽土+培土+用土+腐植土)
3.TAC/団粒 粒子 粒状 母材 母岩
4.TAC/土 ソイル 泥
5.特許分類/A01G24 (IPC,FI)  2B022BA, 2B022BB (FT)
6.出願日/20000101:
7:生死情報/生存中

※ TAC = Title, Abst, Claim

分析対象:(1+2+3*4)*5*6*7 = 122 ファミリ

3.TOWINGの特許

まず、今回の調査をするきっかけとなった株式会社Towingですが、彼らが保有する権利を特定してみたいと思いTowingのボードメンバーの名前を出願人(権利者)/発明者として検索してみました。

1. 出願人,発明者/ 西田宏平 西田亮也 岡村鉄兵 
2. 出願人,発明者/ トーイング トウイング トイング  towing

この2つの検索式ではヒットゼロ件。
次に彼らボードメンバーが学生時代に所属した組織のボスの名前で検索してみました。

3. 出願人,発明者/ 高野雅夫 平野恭弘 宮坂隆文

それでもそれらしい出願はヒットせず。
リサーチ結果から、Towingの人工土壌の技術的ベースとなっているのはこのあたりの研究(下の図:クリックでJ-stage上の論文がひらきます。)なんだろうという特定まではできたのですが、出願履歴については情報がありませんでした。

このあたりの県有成果で起業? (生物工学会誌 J-STAGEから引用)

非常に悩ましいところではありますが、ここは「彼らは土壌創出ノウハウを権利化、オープンにせず秘匿レシピとしてクローズする戦略なのだろう」ということでひとまず納得することにしました。

TowingのHP上では、同社が農業・食品産業技術総合研究機構のノウハウを活用していることには言及されています。

TowingのHPより。大林組との「月面農業」に関する共同研究についてのリリース。https://towing.co.jp/2022/02/07/obayashi/

3.母集団を眺める

主要な出願人

先程の検索式で作った122特許ファミリの分析母集団から、各公報の筆頭出願人を抽出し、そのうちの主要なもの(2件以上の出願をもつ出願人)とその件数内訳を下表に示します。また各出願人の事業分野から「企業属性」を特定したので併せて掲載しました。結果をリストに示します。

主な出願人とその企業属性

この分野で最も多く生存中の出願を有しているのは東洋ゴム工業(現TOYOTIRE)でした。また企業属性別にみると、主要出願人の中では建設、農業/園芸を主な事業内容とする企業からの参入が最も多くそれぞれ4社が参入しています。また緑化や防災工事を施工する企業、化成系の企業がそれぞれ2社(うち一社は東洋ゴム工業)ずつ参入していることがわかります。

ニューエントリー/リタイヤ分析

さきほど紹介した主要出願人(東洋ゴム~福田組まで)のこの20年の出願活動の活性度を眺めてみます。下記図の横軸が出願年、縦軸が出願人で各○が出願件数を示します。

出願件数トップの東洋ゴム(現TOYOTIRE) は2016年で出願活動がストップしています。一方、近年この分野にエントリーしてきたニューカマー的なプレイヤーと言えそうなのがクラレで2019年から立て続けに出願しています。この分野ではやや奇妙な企業属性である「投資会社」のオーエスエムインベストメンツ(OMS inc.) はかなり以前からこの分野に参入はしていましたが、再び2019年に出願が見られます。また、主に家庭用園芸資材を販売する有限会社ソルチも直近2019年の出願が見られます。また、件数3位の石井卯氏ですが、2004年には個人でありながら年間3件の出願というかなり精力的な出願活動をしています。しかしその後9年間のブランクがあり2013年を最後に出願は見られません。石井氏は卯槌緑地化学研究所を主宰し、屋上緑化の専門家として数々の商品を開発していた事がリサーチできました。大阪大学との共同研究や京都府庁屋上緑化工事での資材採用などの実績があるようです。

一方、2012年以降の出願活動が見られないプレイヤーは最上蘭園、植木組、川崎重工、日本植生、福田組でこれらの企業はこの分野の新規開発からは既に撤退していることが推測されます。

ニューエントリー/リタイヤマップ

また、主要出願人以外の直近ニューエントリーとしては下記が見出された。

2021年に初エントリー

戸田建設株式会社
→水路壁面を種子を包埋した人工土壌で養生。緑化水路を施工する。
南京農業大学
→バイオレメディエーション方法。汚染土への施肥と放水と混練、放置のプロセス。

2020年に初エントリー

村松達彦
→樒(しきみ)などの陰樹の水耕栽培による苗育成方法。
日本プラスト株式会社
→培土ブロック。ブロック容器に土壌を充填し、ブロック表面の切り込みから種子や苗を植えられる。

特開2022-30595の図面。

日本製紙株式会社
→コンテナ苗の製造に適した培土。ココナッツ繊維などを含み得る。
株式会社ハイクレー/近畿大学
→ハイクレーはスポーツ施工専門企業。競技場に適した各種土壌資材を開発、販売している。出願内容は浄水場由来の汚泥を原料とした人工土壌。一定の団粒度をもち植物の発根と成長を促進するため、競技用グランドの芝育成材として有用。

4.ここまで出てきた主要プレイヤーの動向分析

ここまでの分析で名前の出てきた各プレイヤー、それぞれの出願内容やこの分野での動向について紹介したいと思います。

  • 化成系企業:東洋ゴム工業(現TOYOTIRE) /11件(全て登録)

多孔性粒子であるフィラーをバインダー(生分解樹脂やアルギン酸等のゲル)で結着させた間隙のある団粒構造物に関する出願が主。
繊維状の突起構造や保肥性/保水性の物理パラメータ、バインダーの種類、連通通路のサイズなどを規定した豊富なバリエーションで登録されている。

特許6034634の図から引用。
フィラーを複数含む構造物を多数結着させ空洞が豊富な団粒構造を形成している。

これら、TOYOTIREによる土壌分野での出願活動だがタイヤメーカーである同社の持続可能なゴムノキ栽培に向けた基礎研究の成果なのか?東北地方で継続中の瓦礫を埋設した人工丘陵による築堤建造技術の副産物?それとも将来、植物工場分野への進出を目論んだ準備段階の出願活動?判然としない。日本では最も精力的にこの分野での研究開発へ投資している企業と言っても過言ではないのは確かだが、TOYOTIREが人工土壌に類する農業資材を販売したり使用している履歴は見られない。今後の新たな動きに注目したいところ。

  • 化成系企業:クラレ /3件 (全て出願中)

ポリビニルアルコール系樹脂で形成した吸水性構造体に関する出願が1件、その他の2件は水稲苗生育用の吸水性樹脂マットに関するもの。

クラレは自社開発のプラスチック製培地「SophiterraⓇ」を販売中。

実は繊維、素材メーカーのクラレは以前から寒冷紗や日除けシートなどの農業資材分野で大きなインパクトをもっていて、全体収益の大きな部分を担っている。直近3年連続で出願していることからも今後農業分野でも特に人工土壌開発が活発化するものと推測される。

クラレのプラスチック製培地 SophiterraⓇ
  • 投資会社:オーエムエス・インベストメンツ /2件(うち登録は1件)

社名から判断するに、OMS社は投資会社なのかと想像していたところ(下手したらトロールか??とも)リサーチの結果、実際には同社は日本でもお馴染み、あのハイポネックス(小さいプラボトルに入った緑の液体肥料)ブランドを保有する巨大な園芸資材企業で1868年創業の Scotts Miracle-Groの子会社もくしは知財管理会社的な位置づけの企業ということが判明。

2件の出願のうち1件は登録(ココナッツ廃棄物を利用した人工培地)、2019年に出願されたもう一方の出願は羽毛粉を利用した有機質肥料とこれを用いた培地に関する出願。

  • 農業,園芸系企業:ジェイカムアグリ /2件 (うち1件が登録)

水耕で使用するための被覆肥料(肥料を樹脂でコーティングした粒子。水中に肥料が溶解するのを防ぐ)に関する出願。粒子が水浮きするのを防ぐため表面を親水性シリカ材でさらにコーティング。一方の出願は水稲苗用の苗床に関する出願。

  • 農業,園芸系企業:ソルチ /2件(いずれも登録)

群馬県渋川市の園芸やアクアリウム用の土壌を販売する企業。独自に開発した人工土壌のラインナップを複数備えているよう。

出願内容はいずれも粘土を焼結し造粒した人工土壌に関するもの。土地柄を表していて用いる原材料は「榛名山由来の火山灰」であることがクレームされている。

  • 建設系企業:鹿島建設 /2件 (いずれも登録)

いずれも土壌用のかさ密度調整材に関する出願。吸水性樹脂とポリアクリルアミド系樹脂の混合物+ベントナイトで土壌を処理することで土壌を団粒化し、かさ増しすることで団粒中土壌密度を低下させる。放射性汚染土など廃棄土壌の中間貯蔵等の目的で利用。

  • 製薬系企業:ツムラ /2件 (いずれも登録) 

いずれも漢方薬原料 オタネニンジンの栽培用ポット。土壌と不織布の組み合わせ。

5.ところで"宇宙農業"を謳う特許の先行出願は・・?

今回の特許分析、そもそも株式会社TOWINGのニュース記事が出発点だったわけですが、そのTOWINGによる特許出願 (またはライセンスを受けていそうな権利)らしいものは見つかりませんでした。

そこで、TOWINGがターゲットとしている「宇宙農業」に近いコンセプトの出願はあるのか?調べてみました(10月上旬に検索)。やはりSRPARTNER(日立情報)を使い、CN以外の外国および国内公報全てを対象に下記の検索を実施しました。

1.TAC/(lunar* lunatic spacecraft* terraforming "space vehicle" satellite "space station" "space base" moon)
2.TAC/(engineered+artificial+designed+designer+synthetic*) near6 (soil+soils))

※ TAC = Title, Abst, Claim

分析対象:1*2=22 ファミリ

中身を精査してみると、こちらの出願をみつけました。

GB2288172 ( WO1994008896A)。"宇宙農業系"出願?

こちらの出願、NASA所属研究所によるもののようです。

タイトルは "SLOW RELEASE FERTILIZER AND ACTIVE SYNTHETIC SOIL" となっていて、緩効性の肥料と活性人工土壌というもの。

米国,英国,豪州の各国で権利化されていて、権利範囲はアパタイト性の緩効性肥料の合成方法です。具体的には可溶性カルシウム水溶液、リン酸水溶液、カチオン性の植物体必須ミネラル水溶液の混合溶液から沈殿アパタイト結晶を回収するものです。

この肥料と宇宙農業の関わりですが、明細書中で下記の通り触れられています。

” The presence of moisture mobilizes the plant nutrients at a slow, steady rate. In addition, the nutrient release rate can be closely tailored to the horticultural requirements. These features and others offer potential for use in lunar agriculture applications. "

製造される合成土壌からは水分によって安定的に遅い速度で植物栄養成分が徐放され、また放出速度を適宜細かく調整できるため月面での農業応用に有用である。

" The present synthetic soil has potential for lunar applications since zeolite synthesis from minerals found on the moon is thought to be feasible. Furthermore, plant-essential elements occur in trace quantities in lunar rock and can be extracted. "

合成土壌の材料となるゼオライトは、月面表面で入手可能なミネラル類から合成可能と考えられるため月面での応用の可能性がある。さらに植物に必須のミネラル類も月面の岩石から抽出可能である。

上記のように、こちらの出願ではクレーム上で合成土壌の宇宙環境での応用に触れられているわけではありません。ただ明細書中で月面での応用(恐らく月面基地での植物栽培。その際に肥料と培地を現地で調達する)について具体的に触れられ、さらにNASAが1993年にこれを出願していたという事実は少なからず驚きです。

こちらの出願の発明者であり出願人である、Donald Henninger Ph.D の名前で検索すると、91年のこんな論文がみつかりました。

https://www.researchgate.net/publication/23609178_Lunar_base_agriculture_Soils_for_plant_growth

月面や火星での植物生産を想定し、この論文では月面土壌環境の考察とその改良のために用いられる微生物について考察しているようです。また、基礎的な考察に加えて Controlled ecological life support system (CELSS) project での実証的な栽培研究についても紹介されている模様です。

6.NASAの宇宙農業、最近の話題

NASAの宇宙農業について、さらにリサーチを続けました。すると、2021年のこんな興味深い記事が。クリックでWorld economic forumの関連記事にとびます。

NASAによる月面土壌での世界初の植物栽培の報告!!

NASAの支援を受けたフロリダ大のAnna-Lisa Paulらのグループが、かつてApollo 11, 12 と 17号計画で採取された月面の土で、なんとシロイヌナズナの生育に成功したとのこと!NASA,本気で月面農業、火星農業の研究を継続していたんですね。

月面表土で発芽したシロイヌナズナ。右が地上の火山灰を含む"月面モデル土壌"での発芽、左は月面土壌での発芽個体。上記World economic forumサイトから引用。発芽20日で植物はトランスクリプトーム解析に供された。

播種後、補水と施肥をすることでなんと2日目で発芽したとのこと。そのシロイヌナズナは発芽後20日で網羅的なmRNAシークエンシングに供されました。その結果、例えば重金属汚染土壌での栽培個体と同じようなストレス下環境関連遺伝子の発現が多く見られたようです。

この結果から、要するに月面の土さえあれば特別な補助的な成分は必要なく肥料と水さえ確保できれば植物栽培は可能ということが明らかになりました。それでも月面土壌に適した栽培品種の選択や、月面表土の微生物汚染対策をどうするか?収穫までの栽培は果たして可能なのか?などなどの課題は当然残るでしょうが。

それにしても、月面の土を実際に使って植物栽培をするなんてアポロ計画を成功させたアメリカ以外には完全に不可能な研究。この報告はこれまで月面の土をモデル化した人工土壌を使用してシミュレーション実験を重ねてきた研究者、月面で使うべく合成土壌をブラッシュアップし続けてきた研究者にとっては「そうだったかー」という感じかもしれません。

7.まとめ

とりあえず長くなるのでこの辺で一回締めます。

株式会社TOWINGに関連するニュースをきっかけに、今回は人工土壌に関連する生存中の国内の特許出願について眺めてみました。
その結果おもに下記の事がわかりました。
・TOWING自身の出願、導入しているライセンスなどの情報は不明
・国内ではTOYOTIREがこの分野で最も精力的
・農業/園芸会社、建設業、緑化/防災施工会社、化成系企業、個人など、出願人の参入する出願人のバリエーションが豊富だった
・直近でもっとも精力的に出願活動を行っているのはクラレだった

続けて、全世界で「宇宙農業」を意識した出願はあるのか?との問いからデータベースを検索したところNASAの出願が見つかりました。続けてリサーチをすると、NASAがかなり本気で月/火星での植物栽培実現を考察していることが明らかになりました。さらに「月面の土は特になにか特殊な処理をしなくても植物栽培に使える」「月面基地での植物栽培は月面の土をそのまま使えばイケる」という雑学まで得てしまいました。

ということで、今回の分析を終わります。






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