MFC (Microbial Fuel Cells) 特許分析1
MFCの特許分析 (海外編)
MFC=Microbial fuel cells です。
ピンポイントな検索でここに皆さん辿りついてるはずなので、概要は端折ります。シュワネラとかジオバクターなどの細菌が有機物を分解して発電するあれです。とても簡潔にMFCの仕組みを解説したyoutubeビデオがあったのでご参考に。
ネットを用いてMFC情報をリサーチすると”MFC market analysis”と銘打ったリサーチコンサルティングファームの資料(のサンプル)に多く行き当たります。そういったサンプルを見ていくと、業界のKeyプレイヤーがいくつか浮かび上がります。抜粋するとこんな感じ。
Triqua International
Microrganic Technologies
Emefcy
Protonex Technology Corporation
ElectroChem Inc.
Prongineer
Cambrian Innovation Inc.
Open Therapeutics LLC
Toshiba
Kurita
国内の2社を除くと初見の企業名ばかりですが、全ての企業が「廃水処理企業」か「電池メーカー」に分類されるようです。
MFCが廃水処理に組み込まれ浄化と発電を両立するシステムを構築するために活用されたり、または教育用装置や小規模の電源(主にセンサー用)として利用されるアプリケーションが想定されるため、上記企業の参入が納得できます。MFCの原理自体の発見は100年以上も前に遡りますし、触媒となる発電菌の性状も近年の遺伝子工学の進展でかなり解き明かされているだろうことは想像できるため、興味があるのはMFCが実社会の中、プラントにどのように組み込まれ、利用され、そういった装置開発の市場にはどんなプレイヤーがいるのか?です。
ということでリサーチを続けたのですが、大規模な実用プラントでの稼働例(廃水/残土処理プラントにMFCを組み合わせた例、または大規模発電用のMFCプラント)を見つけることはできませんでした。
つい最近(2022年1月)の栗田工業に関するニュースでも、廃水処理とともに用いるための実用化を「目指した」電池設計が話題になっていました。この分野の国内トップと目される栗田工業が「実用化前の設計」をプレスリリースするあたりを見ると、実社会でのMFCの大規模な運用例は世界的にもまだ珍しいのかもしれません。
ちなみに、この栗田工業の記事に掲載されているスタック型のMFCですが、上記Keyプレイヤーとして紹介したMicrorganic Technologies社のHPで公開されるVIVAという商品と見た目は類似します。
排水処理プラントへの組み込みMFCセルは、すで形状や構成というのはある程度定型化されていて、今現在は各社が効率やコスト低減で鎬を削るフェーズにあるということが予測できます。
特許情報DBの検索
では早速特許情報を収集し、内容を分析していきたいと思います。
分析に先立ち対象母集団を作製します。
検索に使用するDBはSRpartner(日立システムズ)、検索日は2022年4月15日です。対象フィールドはTitle, Abstract, Claimで2000年以降に出願されたものを対象としています。
対象公報は中国:CN, 韓国:KR, 米国:US, 欧州:EP, 及びWO公報としました。今回、JP公報は敢えて選択していません(後日、個別で分析する予定)。下記に用いた検索式を掲載します。結果、1837特許ファミリが分析対象となりました。
データの分析(マクロ)
出願年と出願人の地理的特徴
母集団を出願年ごとに集計したバーグラフが下記。
2000年前半は年に10件~20件の出願件数に留まっていますが、2010年を境に大きく出願件数が伸びています。なお、この先の分析では、特に言及がない限り「出願年」はファミリの代表となる出願の出願年、「出願人」は筆頭出願人を指しています。
SRPARTNERで得られるデータの一つに、出願人の所在国コードがあります。これを用いて、各出願人の拠点国を集計することができます。結果をバーグラフで示すと、驚くべきことに約1800件のデータのうち、1300件以上がCNに所在する出願人によるものでした。
国別統計結果を出願年統計と合わせると下記の通りの折れ線グラフが得られました。2010年を境に急激に増えた出願件数は、CNがけん引していることがわかりました。また、CN,USに続いて件数の多いKRは、2015年を転換点としてUSの出願数をほぼ毎年上回る状況になっています。KR系出願人のこの分野への近年の注力がうかがえます。
出願人の属性
出願人の属性を、筆頭出願人名から特定しました。Universityやcollegeのつく出願人は「大学」とし、「.inc」「company」「corp」など企業名表記のあるものを「企業」としました。さらにその他を「国研、個人、その他」と分類しました。結果的に、約1100件の出願が大学発と分類されました。結果を下に示します。
次に、上記の出願人属性を出願人の所在国別に集計しました。結果は下記グラフ4の通り。最も件数の多いCNでは出願のほとんどを大学が担っていることがわかりました。CNでは大学970件の出願を有するのに対し、企業によるものは129件に留まっています。同様の傾向はKRでも見られる特徴です。
一方、JPは大学より企業による国際出願が多く、これは日本では基礎研究よりも実用化研究が進行していることを示しているのかもしれません。米国では国研から(US.NAVYから特に多く24件)の出願が多く見受けられました。このUS.NAVYによる出願は、車両への微生物電池の組み込み、廃棄物の処理と発電へのMFC組み込み方法、電池用イオン交換膜、MFCの並列大規模化方法など実用化に傾倒した技術分野でした。また、出願年も2000年代前半から2020年まで継続されており、かなり本腰を入れた大きな研究グループが維持されていることが伺えます。US.NAVYによるMFC研究についてリサーチするとWikiにずばり記載がありました。
なるほど。米国海軍は、海中センサーでのMFC活用を以前から検討しているようです。海中という特殊な環境で恒久的に安いコストで維持できる微弱な(センサー用のため)電源ということでMFCのメリットがあるのでしょうか。電源に用いる耐塩性Shewanella属細菌の探索から手掛けているようで、MFC用の極限環境微生物のスクーニングはこの分野の面白そうな技術展開です。さらに興味深いのが、こちらのサイト(下記はTechlink:米国の軍事関連官庁の技術トランスファーサービスへのリンクです)。
こちらで「MFC」と検索すると20件の記事がヒットし、海軍関連研究所により取得されたMFC関連技術のライセンスを確認することができます。なお、このサイトから興味あるライセンスがあれば供与の交渉を直接行うことが可能なようです。
個別出願人の分析(CN)
それでは、国別に主要な出願人とその技術的傾向を眺めていきましょう。まずはCNから。
出願数上位の出願年分布を調べてみました。上位出願人30のうち12が2014年以降の参入です。ハルビン工業大学、天津大学、福建農林大学、中国科学院重慶绿色智能技術研究院は、2019年以後の出願件数が多く現在も研究開発が盛んであることが分かります。また、上位30には入っていませんが、追信数字科技有限公司も2020年4月に8件の出願があり新規参入企業として注目されます。
MFC実装には、微生物、電気化学、触媒、素材などあらゆる技術の融合が必要とされます。そこで、IPC分類を分析してみました。IPCの集計により、どの出願人がどんな技術で出願活動を展開しているか、非常にラフではありますが理解することが可能です。
上位のハルビン工業大学、浙江大学、大連理工大学および華南理工大学は広い分野に渡って出願していますが、他の多くの出願人は分野に偏りがみられます。微生物発明を多く出願しているのは天津大学で、遺伝子操作や複合培養系の技術を開発しています。
次に多く微生物発明を出願しているのは華南理工大学ですが、汚水処理槽などから単離した菌(寄託菌)に関連した発明です。電極の発明は、清華大学、南昌航空大学および広州大学が多く出願しています。電極の発明には材料の発明と形態構造の発明があり、またアノード側とカソード側でも技術が異なるため、出願件数も種類も多くなります。
その他、南通大学は処理対象(廃棄物の選択)に特徴のある発明を多く出願し、畜産排水、エビ養殖場、河川などに適した浄化方法を開発しています。また、追信数字科技有限公司の出願分野には特殊な偏りが見られ、電池細部や補助装置の出願が多く実用化に近い技術が出願されているようです。
なお、これら中国出願は国内のみでなされており、海外へのファミリ出願は検出されませんでした。
個別出願人の分析(KR)
次に、CNに次ぐ出願件数をもつKRの分析です。
韓国出願は共同出願が多く、およそ10分の1が学術機関、公的機関及び/又は企業間の共願によるものです。産学協力促進に関する法律により、大学に産学協力団が設立されていることが一因にあると思われます。
MFC関連の出願数が最も多いDANKOOK UNIVERSITYは近年出願数が多くなっており、特に藻類などを用いた光合成微生物燃料電池の関連技術について出願しています。次に出願数が多いPUSAN NATIONAL UNIVERSITYは、発電効率化のための分離膜に関する出願が多く、最新の出願は陰イオン交換膜ポリマーの発明です。GWANGJU INST SCIENCE & TECHは、電池形状に関する発明の他、近年は畜産廃水処理や海水淡水化など処理対象に適した技術の発明を出願しています。
個別出願人の分析(US)
最後にUSの出願を眺めてみます。
US NAVYは電極や電池細部の発明が多く、また海水や海洋堆積物、潜水艦におけるMFC技術の利用のような特徴的な出願も見られます。Univ.Pensnylvania は電池構造に関して多く出願しており、また微生物の発明も出願しています。なお、KRの出願で分析したPUSAN NATIONA UNVの研究者で、MFCのラボを主宰するJung Rae Kim博士はU.PENNで学位を取得しており、MFC研究の世界的拠点の一つとなっているのかもしれません。
UT-BATTELLE, LLCは電池構造に関する出願を多く有し、エタノール発酵や燃料加工における廃水処理にMFCを利用する技術も見られますが、近年のMFC分野での出願は停滞しています。
この分野で新興のAQUACYCL LLCは2016年に設立された廃水処理企業で、2019年から特許出願がみられます。廃水処理プラントに適用する小型MFCの実用化を目指していることが企業ブログで説明されています。
記事によると、彼らが開発したスタック型のMFCは、廃水処理プラントで用いることのできる「初の商用MFC」と謳われています。
彼らが目論む未来は、彼らの製造するMFCを大規模な廃水の集中プラントで使用するのではなく、廃水が発生するオンサイトでの小規模な「前処理」で利用される社会です。具体的に飲料食品製造現場、炭化水素製造現場での有機物を高濃度で含む廃水の処理用途が挙げられています。これが成功すればやがてMFCが糞尿処理、農村地帯、災害現場での衛生維持装置として浸透するだろうと目論んでいるようです。原理発見から永い月日を経てもなお実用化が進展しないMFC技術について、非常に地に足のついた戦略で "初期の誇大広告に基づく懐疑" を打破しようと画策しています。
この分野のユニークでかつ近年日本に多く出願している出願人がみつかりました。廃バイオマスの変換、製造をビジネスとするXYLECO INCです。出願内容はセルロース系糖化溶液処理でのMFC利用に関するものです。このXYLECO社ですが、wikipediaをみると大変興味深く、90年代に当時81歳のバイオテックのバックボーンを特にもたないMarshall Medoff氏により設立されました。その後順調に成長しているようで、粒子加速器からの電離放射線でセルロースを分解するという技術も開発しているようです。
まとめ
とりあえず海外のMFC関連出願でざっとラフに母集団を設定し、個別の出願にはフォーカスすることなく俯瞰分析を実施しました。
結果的に中国と韓国勢がここまでMFCの知財活動で世界を圧倒しているとは思いませんでした。今後MFCの社会実装化が進展したときに、この2か国の知財がキーを握ることになるかもしれません。
一方で、これだけ原理発見から長期間に渡り各国が研究開発を進めていながらいまだ大規模な装置の運用には至っていないという現実も見えてきました。MFCは生物という複雑系を組み込んだ装置のため、その安定的運用は非常に困難で複雑系に起因する諸問題(嫌気状態下でバクテリアの至適温度、有機物の流入の維持しなければならない。それに対して得られる電力は微弱)を多数抱えているということがその主要因かと思います。
そんな中、US特許の分析で触れたAQUACYCL LLCのような現実的な課題にチャレンジする新興ベンチャーの動きは非常に興味深いものです。今後の活動も注目に値するでしょう。
それでは次回は国内の出願に絞りMFC関連出願の分析を実施していく予定です。お楽しみに!
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