見出し画像

人と力を合わせることで、自分の枠を超えたクリエイションが生まれる|廣川玉枝 #3

2006年にブランド「SOMARTA」を立ち上げた廣川玉枝さん。デザインの技術はあるけれど、ビジネスの経験はありません。服作りに夢中で売ることにまで頭がまわらなかったという廣川さんを、1通のメールが救います。そして、近年の廣川さんの活躍は、SOMARTAのデザインだけにはとどまりません。学校の制服にオペラの衣装、車椅子、はてはロボットまで。おもしろそうなチャンスがあれば果敢に飛び込んでいく廣川さんのデザインは、ファッションの領域を軽やかに超えていきます。

廣川玉枝(SOMA DESIGN Creative Director / Designer)
2006年「SOMA DESIGN」を設立。同時にブランド「SOMARTA」を立ち上げ東京コレクションに参加。第25回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。単独個展「廣川玉枝展 身体の系譜」の他、Canon[NEOREAL]展 / TOYOTA [iQ×SOMARTA MICROCOSMOS]展 / YAMAHA MOTOR DESIGN [02Gen-Taurs]など企業コラボレーション作品を多数手がける。2017年SOMARTAのシグニチャーアイテム”Skin Series”がMoMAに収蔵され話題を呼ぶ。2018年WIRED Audi INNOVATION AWARDを受賞。

服はできた。でも、誰が買ってくれるの?

画像1

――自分のブランド「SOMARTA」を始めた時、どんなことで苦労されましたか?

ファッションビジネスの知識がなかったことですね。辞めてからはひたすら「皮膚のような服を作りたい」という一心で制作に明け暮れていたのですが、誰がどこで買うのかはまったくイメージできていませんでした。ブランドを一人で立ち上げるということは、それも自分で考えなければいけないということ。それに気づいたのは、1シーズン分の服を作ってからでした。

――そこからどういうアクションを起こされたんですか。

まずは、支援で借りられる会場で小さなショーをしました。自分の中には、「ショーをやれば絶対大丈夫!」という謎の自信があったんです(笑)。ショーは盛況のうちに終わりました。でも、当然ショーとビジネスは違うんですよね。終わったあとにまた「あれ? で、どうするんだっけ」と途方に暮れました。お店を持っているわけではないから、この服をどこかで取り扱ってもらわないといけない。それってセレクトショップ? 百貨店? お店に卸すとなったら流通は? 何にもわかっていなかったことに気づいたんです。

画像2

――ショーは成功したものの、まだ苦境は続く。

そこに、奇跡のメールが届きました。ショーが終わって10日くらいしたあとに、六本木のセレクトショップのバイヤーさんから「先日のショーを観ました。新しくオープンする店で、特別に取り扱いたい。たくさん買います」って。「えー、たくさん買ってくれるの!」と(笑)。

――最初からたくさん買ってくれる人が現れた(笑)。

そうなんです。そのシーズンはそのお店限定で取り扱うと約束してくださり、本当にたくさんのアイテムを買い取ってくれたんですよ。そのお店はラグジュアリーなブランドを扱っていて、SOMARTA以外はすべて海外のブランドでした。コンセプトモデルの全身タイプのSkin Seriesも購入してくれたんです。普段使いでは着られないと思っていたのですが、ディスプレイすれば買う人もいると思うから、と。実際、そのSkin Seriesも店頭で売れたそうです。これでまずはなんとかなりました。

画像3

――専門学校の卒業間際まで就職活動できていなかったとき、先生が手を差し伸べてくれたということもありましたね。

そうなんです、いつも誰かに助けてもらっています。その手がなかったら、私はいまここにいない。そういうことがいくつもありますね。ご縁の力にはいつも感謝しています。

――自分のブランドを立ち上げるのは、企業でデザイナーとして働くのとはまた違う大変さがありそうです。

山あり谷ありで大変なことはあったんですけど、この12年間ずっと楽しかったですね。それは、服を作るのが大好きだから。服作りに関することは、なんでも楽しい。あれも作りたい、これも作りたいと発想は尽きません。

他の人と力を合わせれば、もっと大きなことができる

画像4

――「SOMARTA」の立ち上げ時、ファッションだけでなくグラフィックや音楽、映像なども含めたデザインを手がける会社「SOMA DESIGN」を同時にスタートさせています。これはなぜだったのでしょうか。

自分のブランドを立ち上げるにあたり、服だけをデザインしていていいのだろうか、という疑問が頭をもたげました。20世紀のファッションデザイナー像は、年に2回コレクションを発表して、ショーを開催して服を売る、というものだった。けれど、これからのデザイナー像は違うのではないかと。もっとファッションデザインの力を応用しながら、ジャンルの壁を取り払ってデザインできる可能性があるのでは、とおぼろげに思いました。

そうしてまわりを見てみたら、ファッションデザイナーだけど作曲・演奏ができる人や、空間デザインができる人など、ファッションの分野にとどまらない能力を持っている友人がけっこういたんです。私にはできないことが、彼らにはできる。自分一人でできることは少ないけれど、他の人と手を組めばもっと大きな身体になれる!

――大きな身体。能力が拡張するイメージですね。

そこで、これはもうデザイン全般の会社にするしかない、と。自分のブランドももちろんやるのだけれど、いろんなクリエイターと一緒にデザインの会社をつくりたかったのです。

でもよく考えてみれば、服作りも一人ではできないんですよね。Skin Seriesも私がデザインを考え、そのデザインを具現化するまでには長い道のりがあります。工場があり、編み機に入力するデータを起こすのは専門の技術職人が担当します。作った服をPRしてくれる方、販売してくれる方、そしてお客様がいて、はじめてブランドが成り立っている。眼には見えませんが、たくさんの人の力によって1枚の服が作られている。そのことにはいつも、感謝しています。

画像5

――近年は、オペラの衣装や学校の制服、ホテルのルームウェアなどのデザインもされています。

お題を与えてもらって服をデザインすることは、これまで自分が作ったことがない服を作れるというおもしろさがありますね。自分だけでなく、他の人のアイデアや想いをどう形にするか。新しい引き出しが開く感じがします。

――2014年頃からは、和装を取り入れたデザインも手がけられている。

最初は、「日本の伝統的な着物産業が次第に縮小しており、このままでは100年後に生き残れなくなってしまうかもしれない。そうならないために、着物業界を盛り上げるプロジェクトを一緒にやりませんか」とお誘いいただいたんです。その時、和装は好きだけれど、デザイナーとしてほとんど知識を持っていないことに気づきました。学校で習ったのも西洋の衣服の作り方で、和服は作ったことがなかったんです。
そこでまずは、着物についての知識を得るためと、人々が着なくなってしまった原因を探るためにリサーチをしようと思いました。それで、京都の老舗の友禅染めや刺繍工房を数軒見学させていただいたんです。
工房では、職人さんたちが時間をかけて丁寧な仕事をされていて、一点物のすばらしい反物が手作業で作られていました。「日本のオートクチュール文化はここにあったのか」と衝撃を受けました。小さな工房もたくさんあり、高度で繊細な伝統技術が受け継がれていたんです。

画像6

――そういったことは、あまり周知されていません。現場を見に行かないと、知ることができないんですね。

かつて、日本のファッションは着物がすべてでしたが、西洋文化が取り入れられてからは環境や建築も変化し、西洋服を日常的に着るようになりました。日本人のライフスタイルは一変したのです。
それ以前、平安時代から着物は緩やかに時代に合わせて進化を遂げてきましたが、明治時代以降は進化が止まってしまいました。江戸時代に比べ気温が3℃上昇しているのに、着物の形状は時が止まったままなんです。これでは現代のライフスタイルに合わないため、着る機会が限られてしまいます。そこが着物離れの大きな課題の一つであると感じ、キモノプロジェクトを始めました。

――たしかに、真夏に着物を着ようとは思えません……。着物とはそういうものだと思っていましたが、明治時代までは着物も時代に合わせて変化してきていたんですね。

そうなんです。着物の文化や技術を未来に継承していくためには、伝統的な着物のデザインを、現代のライフスタイルに寄り添う形に進化させることが必要です。そこで、伝統的な着物を制作されている、創業460年を誇る京都友禅染の老舗「千總」をはじめ、「岡重」や「和晃苑」、西陣織の「細尾」という4社とのテキスタイル開発を行いました。

シルクジャカードの生地に機械捺染と手描き箔・刺繍加工を融合させたハイブリッド友禅をはじめ、元来より引き継がれている伝統型友禅、ぼかし染、漆や和紙、箔を織り込んだ西陣織の技術を取り入れ、「かさね」がポイントとなるジャケットやドレスをデザインしました。
デジタル技術と職人の伝統技術を融合させ、西洋と東洋の服作りも融合させた新時代の和装です。

デザインの可能性はファッションの枠を超える

画像7

――和装文化のどのようなところが素敵だと思いましたか?

着物のリサーチを始めた時に、「日本らしい」という感覚はどこから生まれるのだろう、と考えました。着物や日本庭園、日本家屋を見て日本らしさを感じるのはどこからなんだろう。調査の結果、日本らしさの最も奥深いところは「かさね」にある、という私なりの結論に達しました。
着物はまさに「かさね」の美ですよね。違う色の布を重ねて、梅や若草など季節を表現する「かさね色目」。これは日本独自の感性だと思います。また、布地そのものにも陰影でジャカードが織られている上に、染めや刺繍を重ねるなど、近くで見るとテキスタイルそのものにも奥行きが感じられるんです。

画像8

――布地自体が普段着ている西洋服とは全然違うんですね。

私たちの祖先は自然と芸術をこよなく愛していて、着物はいわば1枚のアートを身に纏う感覚だったのでしょう。衣紋掛に通した着物は、まさに1枚の絵を飾るような雰囲気です。テキスタイルで四季を表現し、個を表現するコミュニケーションツールとしての衣服だったのだと思います。

家屋も間仕切りや障子などでさまざまなレイヤーが重なってできていて、重なりを増やしたり取っ払ったりすることで、調整することができる。西洋の服や建物みたいに、形がバシッと決められているのではなく、変幻自在のレイヤーでデザインされていて、なおかつ四季や環境に応じて自由に組み替えられるのが興味深いと思ったんです。フレキシブルな曖昧さが良さになる、日本独自のすばらしい文化です。

――それは廣川さんがニットに惹かれた理由にも似ていますね。

そうなんです。着物とニットは似ていて、平面で作れるところや、テキスタイルがそのまま服になるというところが近い。サイズの決まっている服を選ぶのではなく、着る人に服を合わせていく。着物のそういう曖昧さはとてもおもしろいし、可能性を感じます。

画像10

Tamae Hirokawa x Yamaha Motor Design 02GEN “Taurs” ©️ SOMA DESIGN Photograph: Mitsuaki Koshizuka (MOREVISION)

――廣川さんは、企業とのコラボレーションにも積極的に挑戦されている印象があります。

思いもしない依頼を受けると、おもしろそうで思わず引き受けてしまうんです(笑)。HONDAのアートプロジェクト用に、ロボットのデザインをしてほしいと言われたときはびっくりしました。メディアアーティストの浅井宣通さんが「Connected Flower」という花をテーマにしたロボットを作るというので、その本体デザインをしてほしいと。これは、今まで実績がない仕事を頼まれているので、依頼する人もすごいと思います。
世界から愛を集めて、そのエネルギーで成長するロボットというコンセプトだったので、愛嬌を持った花のロボットがいいなと思って、キャラクター性を持たせたボディをデザインしました。ロボットをデザインするのは初めてだったので、とても貴重な経験でした。

服以外だと、ヤマハ発動機とコラボレーションした電動アシスト車椅子などにも取り組みました。

画像11

――ここにある椅子も廣川さんがデザインされたものですよね。椅子の形の骨格に、Skin Seriesのニットが張られている。これも「スキン」の一種だと考えると、可能性は広がります。

そうなんですよ。これはミラノサローネに出店する際、家具をデザインしたくて作った「Skin&Boneチェア」です。骨格となる椅子は、スチールでできていてそれだけで自立します。その椅子という身体が、皮膚を纏うことによって新しいフォルムが生まれる。骨格にニットを纏わせた時にできる空間が、人間でいう筋肉みたいなイメージですね。もちろん、色などを変えたかったら、着せ替えることも可能です。ファッション的なアイデアの家具を提案したいと思いデザインしました。

――おもしろいです。椅子が第二の皮膚である「衣服」を着ているんですね。

私、Skin Seriesがファンデーションにもなるんじゃないか、と思っていて。肌色のピタッとしたSkin Seriesの手袋をつけるのって、手にファンデーションを塗っているようなものですよね。「着るコスメ」というのもありえる。
こうやって考えていると、自分がファッションデザイナーなのかどうかわからなくなってくるんです。もはや、ファッションデザイナーと名乗らなくてもいいかなって。作ったモノやコトで、人が喜んでくれたり、役に立ったりすることが重要なので、それが出来ていればいいと思っています。

肩書にとらわれると、自由なものが作れなくなってしまう。決めないほうが、視野が広がる。既成の枠を取り払って世界を見つめて、ファッションデザインの力を応用し、あらゆるデザインに挑戦していきたいと思っています。


■自分の可能性を追い求めたら、ファッションデザイナーになれた|廣川玉枝 ♯1

■皮膚がそのまま服になったら? 最新の技術で「組織」を編み込む|廣川玉枝 ♯2

■デザインは楽しく、自由で、みんなに開かれている|廣川玉枝 ♯4

この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
POLA「WE/」