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デザインは楽しく、自由で、みんなに開かれている|廣川玉枝 #4

ポーラ「WE/Meet Up」主催の、たった一人の読者ゲストを招待する特別な場。今回は、ファッションデザイナーの廣川玉枝さんがホストとなり、ゲストにデザインの楽しさを伝えます。舞台となるのは、なんと日本酒のコンセプトショップです。廣川さんがデザインした着物ドレス、特注でつくられた酒器、繊細な料理……デザインに囲まれた和室で、廣川さんと一緒にファッションデザインを体験する。そこではいったい、どんな服が生み出されるのでしょうか。

日本文化を存分に味わえる空間で

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今回訪れたのは、六本木にある日本酒「長谷川栄雅」のコンセプトショップです。今回のMeet Upのホストである廣川玉枝さんは、こちらの店舗スタッフの制服をデザインしています。そのご縁があった上で、廣川さんが「ゲストをここにぜひお呼びしたい」と希望したことから、実現しました。

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白を基調としたシンプルな構成の空間に並ぶ、日本酒の瓶や酒器。壁面には水が流れ、静謐な雰囲気を醸し出しています。そこに、本日のゲスト新井笑佳さんが緊張した面持ちで現れました。新井さんにはさっそく、着替えをしてもらいます。今回廣川さんは新井さんのために、和装をテーマにした「KIMONO COUTURE」シリーズのドレスを持ってきていたのです。

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着替えが完了したところで、廣川さんが登場しました。廣川さんも着物ドレスを着用しています。廣川さんが「わ、とてもよく似合ってますね!」と迎え、新井さんもはにかんで「うれしいです」と答えました。

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着物ドレスの後ろはファスナーになっており、着脱も簡単。ベルトが帯締めに見えるようにデザインされ、シルエットは着物のようにストンとしていますが、足元は動きやすいよう工夫されています。廣川さんが「着物は明治時代からほとんど変化していない。環境が大幅に変わった現代の日本では日常的に着ることが難しい。和装の良さを残しつつ、現代にフィットする機能をもったデザインにしたい」と考えて創り上げた着物ドレス。新井さんが「着ていてすごく気持ちがいい。サラサラしています」と言うように、着心地も抜群です。

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挨拶が済んだところで、長谷川栄雅の5種類のお酒と、それぞれに合う肴が輪島塗のお膳に並べられました。廣川さんはここに来るといつも、日本文化の良さを再確認するのだそうです。和室の設え、活けてある草木、香りのいい日本酒、繊細な料理。そのどれもが美しく、調和しています。

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例えば酒器。それぞれのお酒に合わせて形状の違う酒器が、各種のお酒のために作られています。芳醇な香りをもつ純米大吟醸に対しては香りがより楽しめる形、酸と米の旨味が味わえる特別純米酒に対してはダイレクトに喉に力強さを届ける形。お酒があまり強くない新井さんも、香りをメインに楽しんでいます。

「同じ酒米と水からできているのに、米の削り方や造り方が少し違うだけで、味や香りが大きく変わる。ここのお酒を飲むと、人が手を加えることの大切さがよくわかるんです」(廣川さん)

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説明を聞きながら、お酒と肴を口にする二人。肴は、ホワイトアスパラガスのお浸しや佐藤錦のピクルス、焼きとうもろこしのタルトなど、どれも意表を突く味と食感で、お酒の味を一層引き立てます。
デザートの酒粕を使ったガナッシュには、廣川さんが思わず「すごくクリエイティブ!」と声を上げました。新井さんも「どれも見た目と味にギャップがあって、おもしろかったです」と堪能したようです。

和風でありながらモダンな制服

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お酒と肴のペアリング体験が一段落したタイミングで、廣川さんがデザインした制服をよく見せてもらいました。和の空間に合わせたシンプルな意匠で、襟元は和服をイメージして3色の布が重なるようになっています。色は長谷川栄雅の藤の紋にちなみ、藤色をベースにしています。そして、廣川さんが一番考えたのが、和室での所作が美しく見えるスカートの構造でした。

「着物は正座で座ったときに足回りがきれいにまとまりますが、着物に倣って完全に筒型のスカートにしてしまうと、足を開けないので段差などで不便なんです。そこを、サイドスリットで動きやすく、かつ立ち姿や座り姿でシルエットがまっすぐ、美しく見えるよう何度も検証しました」(廣川さん)

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新井さんのお仕事はユーザーインターフェース(UI)・デザイナー。ジャンルは違えど、同じデザイナーとして廣川さんに聞きたいことがいろいろあるようです。「制服の場合、長谷川栄雅さんの方から色や形に対する指定などがあったんですか?」という質問に、廣川さんはこう答えました。

「前提として『この空間では日本酒が主役である』と聞いていました。そこで、日本酒が引き立つようあまり華やかにしすぎないという方針が決まりました。あとは、長谷川栄雅らしさや和の意匠を取り入れつつ現代的な装いにする、和室でも動きやすくする、などのクリアすべき条件を考えてこのデザインに行き着きました」(廣川さん)

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ここからは新井さんが仕事の悩みを廣川さんに打ち明けるかたちで、会話が進んでいきました。新井さんは仕事のなかで、人にイラストなどを依頼することもあるそうです。廣川さんが「着物ドレスの柄は、イラストレーターに依頼した」と言っていたのを受け、どのように依頼をしたらいいのかを聞いていきます。

「例えば、『夕日を描いてください』とお願いしても、人によってぜんぜん違うものがあがってきますよね。でも、あまり具体的に依頼してしまうと、良くも悪くも思ったとおりのものができてしまい、その相手の良さがうまく引き出せないんじゃないかと。そのバランスで悩んでいます」(新井さん)

デザイナーとして、制約とどう向き合うか

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「言葉のイメージはけっこう人それぞれ違うので、私はなるべく絵を描いて説明するようにしています」と廣川さんは答え、例としてあるコレクションのヘアメイクを依頼したときのことを話してくれました。

「その時、私は縄文土器みたいな髪型にしたかったんです。まずは、少しイメージを描いて伝えるんですね。ここに輪があって、うねがあって……と。あとは好みの縄文土器の写真を送って、『躍動感がある感じでお願いします』とお伝えしたら、想像以上のスタイリングにしてくれました。よくお仕事をご一緒してる方だったので、普段から私の考えを掴んで下さっているという信頼関係もあり、これはわりとざっくりした依頼の仕方です」(廣川さん)

廣川さんは、芯となるコンセプトは決めるけれど、ディティールの部分は各領域のプロに任せると言います。

「一緒に作るクリエイターの方にも楽しんでほしいので、細部まで100%説明することはありません。もし出てきたものの方向性が少し違っていたら、『もう少しこういう感じ』など話し合いながら軌道修正をしていく。その繰り返しですね」(廣川さん)

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スマホのメモ画面を開き、熱心に話を聞く新井さん。そして、新井さんにはUIデザイナーならではの「プラットフォーム側が規定している事項が多く、こうしたほうが美しい、使いやすいという工夫があまりできないことがある」といった悩みもありました。

この質問に対し廣川さんは「制約はどんなものづくりにもありますよね」と共感を示しました。その上で「ファッションデザインの場合は、ある程度制約があるほうがデザインしやすいんです」との答えが。
「長谷川栄雅の制服にしても、ただ『和風の服を作ってください』とだけ言われていたら、難しかったと思うのですが、『和室で動きやすくする』『日本酒に対して黒子のような存在であるべき』といった条件があったから、デザインが決まっていった。制約があると、それをどうクリアするか考える道筋ができるので、むしろ『制約がデザインに活きてくる』という感じです」と、やわらかく微笑む廣川さん。それに、新井さんははっと気付かされたようでした。

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「デザインで工夫する部分がすべて他人に決められていると思いこんでいたけれど、もしかしたらまだ表現の余地があったのかもしれません」(新井さん)

「身動きがとれないと思ったときこそ、自分を一旦抜け出して、クライアントの目やお客さんの目になってみるのがおすすめです。そうすると、解決策が見いだせることがありますよ」という廣川さんからのアドバイスに、新井さんは深くうなずいていました。

モロッコで気づいた幾何学模様の美しさ

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そろそろファッションデザイン体験の時間です。白い紙や色とりどりのペン、トレース台などが和室に運び込まれました。まずは、新井さんから洋服にしたいエピソードを話してもらいます。仕事で他部署の人と得意なことをかけ合わせていつもより大きな成果が出せたことなど、人とコラボレーションすることの感動について語ってくれた新井さん。とてもいいエピソードだけれど、悩み相談も含め仕事で頭がいっぱいの様子です。
そんな新井さんに、デザインはもっと自由で楽しいものだと感じてほしい廣川さんは、こう言いました。「よし、とりあえず仕事のことは忘れて、今まで行った中で一番楽しかった場所について教えてください!」

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すると新井さんからすぐに、「モロッコが最高に楽しかったです」という答えが返ってきました。
「私、模様がすごく好きで。イスラム教は偶像崇拝が禁止なので、神様を表現するものとしてタイルで描く幾何学模様の文化が発展しているんですよね。建物の壁やテーブル、お皿などすべてが模様で埋め尽くされているんです」と、目を輝かせて語る新井さん。
建物や町中の階段などすべてが青い「シェフシャウエン」という幻想的な街まで足を運んだという話や、結婚式のペーパーアイテムなどもモロッコ風のデザインで自作したという話を聞いて、廣川さんは「じゃあ、そのモロッコの思い出を服にしませんか。さあ、描いてみましょう」と振ります。

「ひゃあ、そんな急に」と驚く新井さんを前に、さっそく絵を描き始める廣川さん。それを見て新井さんも、モロッコで撮った写真を参考に青で模様を描き始めました。

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描きながら新井さんは「モロッコで見た模様って、ぜんぜん違うものがたくさん組み合わさってたりするんです。私が仕事で手がけるような、すべてに理由があって、何もかもが揃えられているUIデザインとはかけ離れている。これでもかというくらいびっしり描き込まれていたりして、余白を活かすような日本文化のデザインともぜんぜん違います。理屈がない美しさが、ダイレクトにぶつかってくるところに感動するんだと思います」と自分が感じる美しさについて言語化していきます。

モロッコの想い出がワンピースになる

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一方、始めからワンピースをデザインすると決め、スピーディーに描き進めていく廣川さん。しかし、いつもとは勝手が違うようです。廣川さんは資料を大量に集めてリサーチに時間をかけるタイプ。リサーチからイメージをふくらませ、一気に描き上げていくとのこと。それが、今回は行ったことのないモロッコがテーマです。おまけに資料もありません。廣川さんは新井さんが泊まっていたホテルの写真を見せてもらったり、中東を訪れた時に見たモスクのイメージを思い出したりしながら、少しずつ描き進めていきます。

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ここで、二人の机を横並びにして一緒に作業ができるようにちょっとした模様替えをしました。廣川さんが「私が土台となる人体を描くので、それでワンピースを描いてみませんか?」と提案。共同作業のスタートです。新井さんがシャーッ、シャーッと縦のラインを描いていきます。
「何も考えずに作り始められていた、美大の頃を思い出します」という新井さんのペンの先から、きれいなシルエットが生まれていきます。

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さまざまな青色を使った海のようなドレス。しかし、新井さんはここからどう仕上げていいのか考えあぐねているようです。それを見た廣川さんは、なにやら企んでいるよう。作業が一段落したところで、「もう一つ、お願いしたいことがあるんです」と自分が描いていたワンピースの絵を差し出しました。

今度は、廣川さんが描いた服に、新井さんが色を付けるという共同作業がスタートです。さらに「クライアントは、モスクを着たいそうです。『着られるモスク』をイメージしてワンピースにしてみてください!」と架空のクライアントの代弁者となって新井さんに発注を始める廣川さん。新井さんは思わず笑いながら、ワンピースに模様を描き始めました。

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「クライアントは青の他に緑と黄色が好きで、色んな色を組み合わせてほしいそうです」「サンダルっぽい感じのおしゃれな靴が履きたいそうです」「クライアントは、スタイルが良く見える服がいいそうです」「帽子もかぶりたいそうです」……次々と繰り出される、架空のクライアントからの無茶振り。それに対して新井さんは「そんなに追加したら予算が上がりますよ」と話を合わせつつ、次々とリクエストに応えていきます。

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ついに廣川さんからは「クライアントは飼っている猫を連れて行きたいそうです。その猫に首輪……だとつらいから、ハーネスをつけてあげてください」というリクエストが。「猫、描けるかな」と言いながら、飼っているベンガルキャットの絵を描いていく新井さん。廣川さんは「わあ、かわいい猫! 絵本に出てきそう」と喜んでいます。

こうしてリゾートルックに猫という、少しシュールでとてもかわいいファッションイラストが完成しました。

世の中はデザインであふれていて、何も難しいことはない

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描いた絵を見て、「私の思ったとおりになっている! いいデザイナーじゃないか」と今度は自らクライアントに扮し、おどけて言う新井さん。廣川さんも「この配色がとてもいいですね。フェミニンな靴も。このスタイルをそのまま実現してほしい」と絶賛。最後はイラストを額におさめ、新井さんに贈呈しました。

この体験を通して新井さんは、廣川さんのリクエストに応えているうちに「火事場の馬鹿力」が出たと言います。

「洋服のデザインなんて、やったことなかったのに(笑)。いつもはデザインの前に考えすぎているのかな。思い切ってやってみたら意外と何でもできそうだ、と思えました」(新井さん)

なおかつ、無茶振りをしてくるクライアントが「本当はどうしてほしいのか」を汲み取る方法も、少しわかったそうです。

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廣川さんは、「デザインは誰にでもできるんです。そしてすごく楽しいものなんです。それを伝えたかった」と今回の企画について語りました。

「デザインの根底には、『こうなったらいいな』と今あるものを良くしたい気持ちがあります。『良いものをつくりたい』『おもしろいものをつくりたい』、その前向きな気持ちを持ってものづくりをすれば、デザインが成立します。この世の中には自然物と人工物のどちらかしかありません。そして、人工物は人間が必ずデザインをしているんです。世の中はデザインであふれています。人の豊かさのために創造し、自らの仕事に責任と信念を持って取り組めば必ず良いものづくりに繋がります。何も難しいことはないんですよ」(廣川さん)

この言葉を聞いた新井さんは、深くうなずいていました。

新井さんからは後日、「廣川さんの『すべての人工物は、誰かがこれを良いものにしたいと思ってデザインした』という言葉が印象的でした。そう考えると、自分の制作物にも自信を持てるし、仕事相手をリスペクトできます。私ももっと廣川さんのように、制約によって導かれるデザインと、自分の中から引き出すクリエイションのバランスをとれるようになりたい。そう思って日々の仕事に取り組んでいます」という感想をいただきました。
そして、廣川さんに当日のことを振り返ってもらうと、新井さんの様子から改めてデザインの力を実感したという答えが返ってきました。

「新井さんは仕事の話をしているときは、難しい顔をされていたのに、服のデザイン画を描き始めたらパッと晴れたように表情が明るくなったんです。やはり、デザインをするということは、前向きで、とても楽しいことだと改めて実感しました。このようなデザインワークショップを行う機会はなかなかないのですが、ぜひまたやってみたいです」(廣川さん)

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特別な空間での共同作業によって、ゲストがデザインに対してこれまでとは違う視点を手に入れた今回のMeet Up。次回はどんな出会い、そして対話の化学変化が起きるのでしょうか。


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この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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