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皮膚がそのまま服になったら? 最新の技術で「組織」を編み込む|廣川玉枝 #2

文化服装学院を卒業し、イッセイ・ミヤケに就職した廣川玉枝さん。企業のデザイナーとして修練を積んでいるうちに、自分のブランドを立ち上げたいと思うようになります。廣川さんがどうしても作りたかったのは「皮膚の服」。「Skin Series(スキンシリーズ)」として世に出た無縫製ニットの斬新な服は、レディー・ガガなどのセレブリティを魅了し、2017年にはMoMA(ニューヨーク近代美術館)にコレクションとして収蔵されました。廣川さんとニットとの出会い、そしてSkin Seriesを開発するまでのお話をうかがいました。

廣川玉枝(SOMA DESIGN Creative Director / Designer)
2006年「SOMA DESIGN」を設立。同時にブランド「SOMARTA」を立ち上げ東京コレクションに参加。第25回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。単独個展「廣川玉枝展 身体の系譜」の他、Canon[NEOREAL]展 / TOYOTA [iQ×SOMARTA MICROCOSMOS]展 / YAMAHA MOTOR DESIGN [02Gen-Taurs]など企業コラボレーション作品を多数手がける。2017年SOMARTAのシグニチャーアイテム”Skin Series”がMoMAに収蔵され話題を呼ぶ。2018年WIRED Audi INNOVATION AWARDを受賞。

ニットとの運命の出会い

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――企業に就職してからはどんなお仕事をされていたんですか?

1年目はいくつかの部署に配属されて、いろいろな経験ができたんです。ショップで販売スタッフもやりました。その後はウィメンズの天然素材をメインに扱った日常着のブランドに所属しました。そこで、ニットを担当していた先輩が退職することになり、いきなりニット担当になったんです。ニットはそれまでやったこともなかったですし、とても困惑しました。

――ニットは、縫製する服とは違うんですか?

全く違います。まず糸を選んで、糸に対して針の太さや編む機械を選んで、編み方を選んで……と、決めることがすごく多かった。学校ではそこまで習わなかったですし、ゼロからのスタートでした。
でも、やってみるとすごくおもしろかったんです。先輩の残した仕様書を参考にしながら、デザイン仕様書を作成し、編み方の本を片手に工場に行き、現場でいろいろと学びました。ニットは、糸から成型で編み立てるので、切ったり縫ったりしなくても一枚の服が作れるんです!

――ニットは立体裁断や縫製の技能があまり必要ないんですね。

そうなんです。ニットは平面でデザインして、成型しながら形作る。着たら立体になるんです。そして素材そのものが伸びるので、曖昧でいいことも魅力の一つです。縫製する服はミリ単位で調整しないといけないけれど、ニットは重力や編み方で伸縮が変わり、1センチくらいは前後しても大丈夫。糸を混ぜて編み込むこともできるし、素材そのものが服になるイメージで服作りができる。「私、ニットをデザインするのが楽しい! すごく向いている……!」とうれしくなりました。

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――その後はずっと、ニットの服をデザインしていたのでしょうか。

そうですね。次はパリで発表するコレクションラインの担当になって、ニットチームに入りました。靴下などのニットアクセサリーからカットソーまで、とにかく「伸びる素材」の担当になりました。その次はメンズの担当になり……これまたゼロからのスタートでした。もともと女性を美しくすることに関心をもってファッションデザイナーの道に進んだので、メンズはほとんど知識がなくて。でも、メンズはアイテムの形が決まっていて制約が多い分、デザインの思考がリアルクローズに隣接するようになり、とても良い経験になりました。
そしてまたウィメンズに戻って……と、数年でいろいろなジャンルを担当しました。移るたびにゼロからのスタート。それを繰り返していた感じです。

――修行のようですね。

まさにその通りです。ようやく習得できてきたかな、と思ったところで異動。ファッションはジャンルによってやることが全く違うので、毎回ゼロから学ばなければいけない。それはすごく力になりました。

皮膚の服が作りたい

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――そうして働いているうちに、だんだん自分のブランドを立ち上げたいという気持ちが湧いてきた。

仕事はもちろん楽しかったのですが、何年も続けているとやはり少し繰り返しになってくるんですよね。春/夏、秋/冬でコレクションがあって、そこで発表する服のデザインをするサイクルにもだんだん慣れてくる。後輩も入ってきて、さらにステップアップするにはどうしたらいいんだろうと考えた時、自分のブランドをやるという選択肢が頭に浮かんできました。
それから、自分が作りたい服はどういうものか、真剣に考え始めたんです。終業後に、計画書のようなものを作り始めました。

――自分のブランドをどうしていくか。

そうです。1シーズンの春/夏ではこういうものを作って、秋/冬ではこういうものを作って、と7シーズン分くらい先にアイデアを描き出してみたんです。当時からファッションのサイクルはあまりにも短すぎると感じていて、じっくり研究するためにも1年に1テーマを設けようと決めました。そのとおりにやっていけば迷うことはない、自分のための地図。デザインの計画書ですね。どういうブランドにするかを企てていたんです。

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――どんな服を作っていこうとされていたんですか?

皮膚のような服を作りたい、という気持ちがベースにありました。そこから、タトゥのようなデザインや、民族衣装のようなデザイン、身体そのものをテーマにしたデザインなどを考えていました。

――「皮膚みたいな服」というアイデアはどこからきたのでしょう。

学生の頃から、身体に関係する授業はおもしろいなと感じていました。そして、ファッションにおける「第二の皮膚」というコンセプトに心をひかれていたんです。第二の皮膚とは、衣服のこと。身体に纏っているのが第一の皮膚で、衣服はそれに次ぐ皮膚だ、という考え方です。もともとはマーシャル・マクルーハンのメディア論で出てきた概念です。

学生の時に観た『身体の夢』というファッションデザインの歴史をたどる展覧会でも、ジャンポール・ゴルチエや三宅一生さんなどさまざまなデザイナーが、第二の皮膚にアプローチする衣服を作ってきたことがわかりました。それからずっと、私もいつか、プロのデザイナーになったらそういう服を作ってみたい、と思っていたんです。そうして生まれたのが「Skin Series(スキンシリーズ)」です。

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――何年もずっと身体に興味を持ち続けていたんですね。

衣服の形状は、基本的に身体そのもののフォルムやその土地の風土に影響されて決まっています。例えば、アジアは湿度や気温が高いから、身体から離れた風通しのいいゆとりがある形。ヨーロッパは乾燥しているから、身体のフォルムに合わせたきっちりとした立体的な形。そういう環境に応じた民族性が出てきます。

それに対して皮膚は、人種も国籍も性別も関係なく、生まれたときからみんなが持っているものです。
いわば究極の服。この皮膚そのものに近い、第二の皮膚としての衣服をデザインすることができたら、人類が太古から夢見る願いを叶えられると思いました。世界は広く広大で、地域によって言語や皮膚の色、文化が異なります。しかし地球が丸くて一つであることと同様に、人体そのもののデザインの基礎は皆共通です。

人は世界各国で祭りや儀式の時、あるいはファッションとして、皮膚に様々な表現を施してきました。それはボディペイントやヘナタトゥ、刺青など技法も意味合いもさまざまですが、特別な想いや願いが込められています。

――たしかに、距離が離れている国々でも同じように皮膚への装飾が見られます。

Skin Seriesは、人類の共通感覚である「皮膚を着ている」というところに着目しました。国境や性別、人種や文化を超えた生命のための衣服をデザインしたい。それは、究極の衣服となるであろうと考え、2006年から研究と開発を始めました。
皮膚そのものにタトゥをしたら、それを脱ぐことはできないけれど、衣服という道具として存在すれば、タトゥも脱ぎ着することが可能です。皮膚の服はみんなの共通感覚として、すんなり受け入れられるだろうと思ったんです。皮膚が服として実現できたら、いろいろな可能性が広がる。そんな想いで突き進んでいました。

第二の服が衣服なら、第三、第四の皮膚は?

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――そうして始まったSkin Seriesの制作が、今も続いているんですね。今日着ていらっしゃるのも、Skin Seriesの服ですか?

はい、そうです。Skin Seriesは、無縫製の編み機にデザインをプログラムして作っています。それぞれの場所にどんな模様を入れるかも、最初にイメージして入力して編んでいく。そして、縫い目がないのが特徴です。最初は体にピタッとフィットする皮膚そのものを意識したアイテムからスタートして、最近では空間を意識したゆったりしたアイテムも作っています。

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――このジャケットもSkin Seriesなんですね。近くでじっくり見ると、場所によって模様が違うのがわかります。

そうなんです。皆さんが現代で主に着ている西洋服は、まず身体の立体に合わせた型紙を設計し、そして生地をその型紙に合わせて裁断し、最後に縫製します。身体に合わせて立体感を出す技術で作られているんです。
一方、日本の着物は、約38センチ幅の反物を無駄なく四角く裁断、縫製して、ゆとりのある平面的な衣服を作ります。身体に合わせて服を作るのではなく、服を身体に合わせて着付けることに特徴があります。

新たなSkin Seriesは、この西洋の服作りと東洋の服作りのシステムを複合的に融合させて開発しています。
例えば、テーラードジャケットを例に挙げると、従来は表地と裏地を別々に縫製して最後に合体させて完成させますが、この製法では無縫製の技術を応用し、表地と裏地を同時に編み上げて作ることができる。表裏一体成形で、テキスタイルと形を同時にデザインしデータを設計する、今までにない製法です。

この新時代の服作りを「デジタルクチュール」と名付けました。ここは少し穴を大きくして呼吸ができるようになど、本当に皮膚のような感覚で服を作れるのがおもしろい。裏地はちょっとすべすべした編みにしようとか、少し光沢があるようにしようとか、組織を全部変えられるんですよ。

――「組織」という意識で作っていらっしゃる。

皮膚の組織、というイメージです。皮膚も場所によって質感が違いますよね。それを服で表すことができる。例えば、裏地と表地を一緒に編んでいくんですけど、組織を強くしたいところはくっつけて編む、とか。形をプログラムしておけば、編んでいくうちに意図的にポケットも作れるんです。

――全身を覆うタイプのSkin Seriesもありますよね。

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Skin series ATLAS, 2018©️ SOMA DESIGN Photo: Sinya Keita (ROLLUP Studio.) Model: Allan Falieri

頭のてっぺんから手の先まで覆えるアイテムもあります。全身を包むSkin Seriesを作ったのは、見ただけで「これは皮膚の服だ」とわかるように伝えたかったから。全身を覆っている、縫い目がなく伸びる服。それって、皮膚ですよね。Skin Seriesは縫い目がないため、皮膚そのものの動きについてくることが可能で、動きに対してのストレスを緩和しています。また、編みの特徴上よく伸びるので、着る人に合わせてフィットするんです。

そして、360度縫い目なくデザインできるので、着た時に映えるよう模様や組織を配置することが可能です。足の長さや手の長さそのものを変えることはできませんが、編み組織の光と陰影を利用して、視覚矯正で身体を美しく見せられます。サイズに関しても大きな伸縮性があるので、従来のサイズ展開の概念が変わります。

コンテンポラリーダンサーのためにつくった全身のSkin Seriesは、手の感覚が伝わるように、掌の部分は編みを薄くしました。編み目の細かい穴一つひとつが、細胞みたいでしょう? Skin Seriesは、身体そのものの細胞組織を構成するようなイメージでデザインしています。

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――Skin Seriesを装着した人は、どんな感想をもつのでしょうか。

動きやすく心地よいという声はよく聞きます。縫い目がなくて肌になじむので、するっと着られるんです。あと、意外とあたたかいという感想だったり、「思った以上に伸びるんですね」とも言われます。

――ニットだから。

そう。柑橘類を入れるネットみたいな構造です。あのオレンジ色のネットって、みかんを入れたらみかんなりの、伊予柑を入れたら伊予柑なりの美しい形になりますよね。フォルムに合わせて形作れるという特徴がSkin Seriesにはあります。

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皮膚について、考えれば考えるほどおもしろいんですよ。私たちは内臓を守るために骨格という構造があって、そこに筋肉や脂肪でバネやクッションなどの機能を加え、皮膚に包まれていますよね。そういう造りは、いろんなものに共通しているんです。
例えば昆虫などの節足動物の外骨格も、皮膚の一つだと考えることができる。世の中には、昆虫や他の動物のように、人とは異なる質感の皮膚を持った生物が存在します。メタリックな質感があったり、発光したり。人類以外に目を向けると、皮膚の在り方はさらに広範囲で捉えることができます。Skin Seriesを着ることによって、新たな皮膚のテクスチャーを手に入れることも可能です。

――すごい、そこまで身体における衣服の可能性が広がるんですね。

もっと広げると、建物だって鉄筋などの骨のような構造があって、コンクリートなどで肉付けされて、その外側に外装がある。それも身体であり、皮膚と呼べると思うんです。
また、第二の皮膚が衣服なら、第三の皮膚、第四の皮膚は? と考えることもできます。皮膚は私たちの内部を包み、守ってくれているもの。とすると、第三の皮膚は車や飛行機などのモビリティ。第四の皮膚は家やビルなどの建物とも考えられる。第二の皮膚は個のための衣服で、それ以降はみんなで着る大きな衣服ですね。

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――どんどん広がりますね。

そうやって考えを外側に広げていくと、地球の大気が第五の皮膚とも捉えられる。私たちを包んでくれているものですからね。地球を着ているんですよ。こうやって考えていくとすごくおもしろいんです。私たちは、自分たちに無い機能を補うためや、暑さ・寒さなどから弱い身体を守るために、常にたくさんの皮膚を着ています。衣服としての皮膚。その本質は、身体を守り心地よく包むことです。

最近、このSkin Seriesは製品としてももっと幅広く応用できる気がしています。例えばアスリート向けや子供向けなど、同じ技術を応用して、さまざまなタイプの服が作れるんです。ニットは大きな動きにも対応できるし、特殊な形状にもフィットする。妊婦さんも着られます。Skin Seriesを作り始めて13年。可能性は、まだまだ追求していきたいです。


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■人と力を合わせることで、自分の枠を超えたクリエイションが生まれる|廣川玉枝 ♯3

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この記事は、POLAが発信するイノベーティブ体験「WE/」のコンテンツを転載したものです。ぜひ「WE/」のサイトもご覧ください。
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