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掌編小説「大輪狭咲」(2000字)


「じゃあ、さっそくだけど、今週末からよろしく!力仕事が中心になると思うからさ、動きやすい格好で来るように」

「わかりました、失礼します」


青年が一礼し、事務所を出ていく。
このホームセンターの店次長である佐倉が、笑顔でそれを見送る。

今年も冬の寒さが和らぎを見せており、園芸シーズンの到来を間近にしている。

人手は、特に力仕事のできる男子アルバイトの手は、多くあって困らない。


「おっきな子でしたね、高校生ですか?」

「うん、この春から高三だって。身長190cmらしいよ、彼、山田君ていうんだけど、そっちで使ったげて」

「助かります」


屋外売り場の主任が笑顔を見せ、業務に戻った。
手元の履歴書に、もう一度目を落とす。

山田 リョウ

特技の欄に『力仕事』と書いてある。

見りゃわかる、と小声で呟いた。




一日の授業が終わり、職員室で雑務をこなす。
三年生の卒業は目前。

忙しそうにしている者たちを横目に、二年五組担任・木村は一つ一つ丁寧に業務を片付けていた。

アルバイト許可願
山田 リョウ
○○ホームセンター △△店


「大学進学費用を貯めるため、か」

書類はもう一枚あった。律儀にクリップで留められている。

退部届だった。

そちらの方にも、理由の欄に大学進学準備のため、と書いてある。



「木村先生、悪いね、迷惑かけちゃって」

「黒川先生」


黒川は柔道部の顧問を務める年配の先生だが、木村のような若い先生にも普段から丁寧な対応で、常に腰が低い。

ただ、今日は一つの理由があって、さらにその存在が小さく感じられるようだ。



「木村先生にも、山田君にも、本当に申し訳ない。部活動中のケガは全て顧問の僕の責任なのに」

「山田が練習中に下級生にケガさせたっていうのは聞いてますけど、やっぱりそれが原因で退部を…?」

「うん…相手の子、指の骨、折れちゃって。山田君、真面目な子だから責任感じちゃったんだろね。変に思い詰めてないといいけど」


あなたもですよ、と言いかけて、止める。仕事の邪魔してごめん、山田君のことよろしくねと言い残して黒川が側を離れた。

退部届を改めて確認し、右上にある空の四角形に木村の印を押す。

その隣には黒川の印も、力無く押されていた。





快晴である。

人生で初めてのアルバイト、緊張はあるもののどこか清々しい。

自分が品出しした商品を、お客が買っていく。

それだけのことが、自分を肯定してくれているように感じられた。


193cm、104kg。当然頼まれる仕事は相応のものになる。園芸シーズン到来ということもあり、培養土などの屋外商品の補充が主な死事だと説明を受けた。

また、お客さんが買った商品を車まで運んだりもした。

お客さんの車を汚したり、傷つけたりしないように。

不安はあったが、お客さんに「ありがとうね、助かるよ」と言われると顔がほころぶ。


またひとつ、荷積みを終えて売り場へ戻るとパートの石田さんが声をかけてきた。

「ごめん!山田君ちょっといいかな!」

「はい」

「お客様が堆肥20kgを20袋ご希望なの、売り場にはちょっとしかなくて、在庫置き場から取ってきてくれる?」

「…わかりました!」


言われた商品の数に少々ひるんだが、石田さんに頼まれてはノーとは言えない。

見たところ40代くらいなのだろうが、小柄で仕草がかわいらしい。男として、女性に頼られるのは悪い気がしない。



在庫置き場で、言われた商品を運搬用のカートラックに乗せる。

堆肥は、もちろん重いのも重いが、加えて、臭い。

なるほど、屋外売り場担当の社員さんや園芸担当のパートさんたちが、俺を英雄を見るような目で見ていたのはこういった作業を任せられるからなんだな。

でも、これが、やりがいってやつなのかも。

自分の口角がニヤッと上がるのがわかったが、今はお客さんを待たせている。
握る手の力を強く、そして、歩幅を少し広げた。



無事商品をお客さんの軽トラの荷台に載せ終え、売り場へと戻る。


「お疲れ様、ありがとうね」

「いえ、大丈夫です」

石田さんが笑顔で声をかけてくれる。

「めっちゃ汗かいてるよ、ほら、これで拭きな」

「あ、いや」

「大丈夫だよキレイだから!さっき一回手拭いただけだし!」

「使ってるじゃないですか」

「なによ、私の好意をムダにする気?」

「いえ、ありがたく使わせて頂きます」

笑って、遠慮がちに汗を拭く。
次からはちゃんとタオルを持って来ないと。

「洗って返します」

「律儀だねぇ、いいのに」

「でも」

「ま、とりあえず今日使ってていいよ、じゃ、もう少しがんばろ!」


石田さんが作業に戻っていく。
今日入荷した花を目立つ場所に並べているようだ。
代わりに古い花は、次々と隅へ追いやられていく。

自分も作業に戻らなければ。
ハンカチを丁寧に畳み、ポケットに大切にしまう。



気がつけばもうこんなにも、太陽の位置が高い。
額に汗が滲む。

ポケットに入れたハンカチの感触が、心強かった。





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