ショートショート 人の役に立つ仕事がしたい
そもそも今の仕事は望んでやりはじめたことではなかった。前に勤めていた会社が倒産して、明日から職探しだって思っていた時に知人から紹介された会社だった。業界は同じだし、今まで勤めていた会社より規模は大きい、給料もさほど変わらない、なにより失業期間もなく、職探しをする必要もなく、すぐに仕事に就けるので、紹介された会社で働くことに決めた。
経験があったから、違和感もなくすぐに仕事を覚えることができた。大勢が働く職場だからいろんな人がいる。冷たい印象の人、きつい言い方をする人、最初は怖かったけど仕事ができるようになるにつれて、そんな先輩たちの態度は軟化していった。しばらくすると、仕事仲間にも仕事にもすっかり馴染み、抵抗なく支障もなく働く日々を送っていた。
ただ、何か満たされない、何かこうしっくりくる感じがしない、そんな風に感じることがあった。そのうちにはっきりとわかってきた。この仕事に喜びを見いだせないということが。
前の職場は少数精鋭で一人に課される責務が大きかった。ここは規模が大きいこともあり分業化が進んでいる。私は全体の中のほんの小さな役割を担っているだけ。
「私にはもっとふさわしい仕事があるはず」日に日にそんな風に思えてきた。そうなると仕事への取り組み方、マインドがいい加減になる。
簡単な仕事、単調でつまらないと思ってもそれを表に出さないように作り笑顔。本当はもっと早くこなせるのに、自分ばかりがんばることはないと思い、ペースダウンして作業する。
「は~今日もお仕事終わり、退散!」
退社時間になったら1分たりとも長く働きたくない。とっとと帰る。やっぱり他の仕事を探そうと思いながら。
そもそもどんな仕事をしたかったかっていうと「人の役にたつ仕事」だった。人様のお役に立つ仕事、医療、福祉、教育、社会貢献・・・、私ができることは何だろうか、毎日考えていた。
ある日、簡単なことなのに、私はミスをした。だが、そのミスは誰にも知られることはなかった。だからミスをしたってことにはならなかった。つまり、ミスを未然に防いだということ。なぜなら、先輩が放った一言が気になり自分がやったことを見直したから。
「簡単なことだからって気を抜くとミスするもんなのよ。それが意外と大きな問題に発展したりしてね」
先輩は何の気なしに言ったことだった。仕事が丁寧でミスをしない先輩は、おそらく自分に対して言ったことだったのだろう。その言葉のタイミングのよさは、神のお告げのように私の心に響き、私を戒めた。
私の邪悪なマインドは一瞬にして正された。
回りの皆がどんな仕事でもはつらつとこなしている姿を見ると気持ちいいなって思うことがあった。最近、私は気が緩んでいた。ちゃんとやっている皆に失礼なことをしていた。
「人の役に立つ仕事って、ここでもできるんだ」と気づいた。
皆が気持ちよく働けるように、正しい心でいること、損得考えず、力を出し惜しまず、精一杯働くこと。
いつか私は皆からこう思ってもらえる日がくるだろう
「あなたと一緒に仕事をするとすごくやりやすいし、すごく助かる」って。
その時、私は思うはず
「人様のお役に立ててよかった」と。