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沈黙を破るメモ帳〈無印良品 パスポートメモ&カランダッシュ エクリドールXS〉

かつて、こんな事があった。

20代前半の頃、僕はバックパックを背負って中国の各地をウロウロしており、この年の夏はチベットのラサに長期滞在していた。

その前年にもチベットを訪れていたのだが、その際に拠点にしていたのが安宿のドミトリーで、結果気付けば1ヶ月滞在していた。特に目的もない旅だったが、毎日がとにかく刺激的だった。

僕が泊まっていたラサにある雪域飯店(スノーランド)という小さなホテルはジョカン寺(大昭寺)にほど近く、その寺を囲むように露店が軒を連ねていた。そこには新旧の本物偽物関係なく、様々な道具たちが入り乱れる活気と魅力に満ちた場所だった。

このときの僕は、昔の僧侶が入国の際に使っていた鉄製の印鑑を探して歩くことを日課としていた。そんなものを探して、毎日露天のおっちゃんと値段交渉している日本人なんて当時は珍しかったのだろう。みんなすぐに僕の顔を覚えてくれ、「これは秘密だけど…」と普段店には並べていないモノを見せてくれたり、チベット民族の昔話などたくさん聞かせてくれた。時にはなぜか店番を任され、どうしたものかと冷汗をかいたこともあった。

天気の良いある日。いつものようにジョカン寺の方へ歩いていくと、明らかに一般の人とは異なる雰囲気の人物が立っていた。彼は数人のグループで行動をしているようだったが、彼1人だけが黄色の中国式の服を身に纏っており、とても目立っていた。上背もあり、見るからに屈強な男性だった。

「あぁ、きっといつものどっかのお金持ち観光客かなぁ…」と彼の近くを通り過ぎた瞬間、僕の頭の中にある映像と彼の顔が重なった。

そう、この黄色の中国服の人物はスティーブン・セガールその人だったのだ。そりゃ屈強ですよ。というか、横にいるボディーガードと思しき人よりでかいんですけど。いるか?この人。

あとから露天のおっちゃんに教えてもらったことなのだが、セガール氏は熱心なチベット仏教の信者らしく、よくラサを訪れているらしかった。

往来にハリウッド俳優がいれば、日本であればとんでもない人集りになる。しかし、ここはチベットである。誰も彼を気に留めもせず歩いている。ならば、これも旅の醍醐味か…と無礼を承知でセガール氏のマネージャーと思われる女性にセガール氏であることの確認と、可能であれば握手と写真を…とお願いした。すると、快く引き受けてくれた。

横に並んでみて改めて分かったが、とにかくでかい。そして分厚い。あんなもんと喧嘩したら、戦艦でなくても沈黙する。

ともあれ、ツーショット写真を撮ってもらい、握手をしてお礼を言うと、セガール氏が僕のポッケから頭を覗かせていたメモ帳を指差し、「サインもしてやろうか?」と言ってくれた。生まれて初めての。そして、僕にとって恐らく最初で最後のハリウッド俳優からのサインをこの時に頂いた。

このやり取りを見ていた現地の人も、さすがに彼が有名人であることに気付き出し、サインを求め騒ぎ出した。このとき、僕には彼らがセガール氏を誰だか分かっていないという確信があった。なぜなら、彼らは皆ボールペンを片手に「ここへサインしてくれ!」ともう片方の腕を出しているからである。

マネージャーはその光景に首を振り、セガール氏は白い歯を剥き出して笑いながら次々と人間の地肌にボールペンを走らせていった。その光景はとても滑稽であったが、僕には輝いてみえた。

あの夏から20年以上経つが、セガール氏とのこの一件以来、メモ帳とボールペンを手放したことはない。紙とペンというアナログが繋ぐ関係や思い出が、咄嗟に生まれる瞬間が世の中にはあると教えてもらったから。

今は主に自身の覚書や、誰かにメモを渡す際に1枚破って使うという自由帳的な使い方をしている。いつかこの紙とペンが、新たな繋がりを生み出してくれることを楽しみに。

さて、次は何を書こうかな。


店主

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