見出し画像

初のポータブル日本語ワードプロセッサは(開発者には敬意を表するけれど)《創作》には使えなかった…… (エッセイ)

昨日投稿の「お代官様…」で書きましたが、20代後半に懸賞論文に応募し、副賞としていただいたのが、業界初のポータブル日本語ワープロ《富士通OASYS Lite》でした。

1984年5月に発表、8月に発売された製品を、発売とほぼ同時に手にしたのです。

このワープロは、それまでの製品が重量11.9 Kgだったのに比べ、3.5 kgと大幅な軽量化を実現しました。
カタログ表紙は秋吉久美子さん、ページをあけると、彼女が砂漠でこの製品を使っており、「思わず言葉でカメラしました。」のキャッチフレーズ が書かれています。
もちろん、デジカメも携帯電話もない時代です。今なら、スマホで思いついたことを書きとめるイメージでしょうか。

カタログ表紙;出典:http://www.ykanda.jp/lite/aki01.jpg
出典:http://www.ykanda.jp/lite/aki02.jpg

重さが30%以下になり、しかも外部電源が無くても使えるので、画期的製品であったことは間違いありません。
懸賞論文でこれを手に入れたら、今度はこのワープロで小説を書いて応募しよう、と張り切っていました。

授賞式で他の受賞者と共に富士通の担当の方から、副賞の説明を受け、実際にデモ機を使ってみた時に尋ねました。
「このワープロを使っていると、漢字が書けなくなりませんか?」
担当者の答えが、私には率直過ぎて《意外》でした。
「はい、書けなくなります」
(そんなことはないですよ)と打ち消されると予想していたのです。
「……はあ、やっぱり、そうなるんですね」
でも、担当者は続けて言いました。
「書けなくなってもいいんです。いつもこれを使うようになりますから」
「……はあ、なるほど……」

つまり、漢字が書けなくなるのは、《退化》ではなく、《進化》である、という考え方です。
今思うと、《エレクトロニック・ショートショート・カタログ》の原点はこの会話にあったように思うのです。

それはともかく、このワープロを使い始めてすぐに、
「これは、和文タイプライターであって、(私が頭の中で描いていた)《校正》作業ができるワープロではないな」
とわかりました。

出典:http://www.ykanda.jp/lite/aki03.jpg

一番問題なのは、文の表示です。
キーボードのすぐ上にある液晶表示は8文字 X 1行でした。要は、電卓の液晶表示窓のレベルです。
たった8文字では、フレーズごとの《漢字変換》にしか対応できません。
原稿用紙に文章を書く時には、前後の文に目を配りながら書き進めます。このワープロも、印刷しながら書いていくのなら《原稿用紙利用の手書き》と本質は同じであり、ワープロの中で校正し、校正を終えたものを一気に印刷する、というような使い方が困難なのです。

しかも、当時の小説は当然縦書きです。
その意味では、同時印刷モードでも横書きしかできないこのマシンでは、原稿用紙&手書き《以下の》使い方になってしまうのです。

もちろん、《和文タイプ》を使っていた人にとっては画期的なマシンであり、需要はあったでしょう。
しかし、小説の創作には向かない

もうひとつ、このワープロはAC100V駆動が基本で、ポータブルになるのは、単1乾電池4本を使わなくてはなりません。これも重くて面倒でしたね。

でも、当時のState-of-the-art technologyであったのは間違いありません。
その象徴のひとつが外部メモリーで、最先端の《磁気バブルメモリ》という方式を使っていたのです。

一時期、物理学の世界で「時代の寵児」となった現象を利用した不揮発メモリでしたが、結局、後に続く大きなうねりにはなりませんでした。

結局、その後も小説は原稿用紙で書いていました
当時、メルカリがあれば、《OASYS Lite》は直ちに売り払っていたでしょう。

でも、このマシンを実現した開発者には心から敬意を表します。

なお、初めての日本語ワードプロセッサは東芝の森健一氏らによるチームにより考案・開発され、1978年9月に発表,1979年2月に発売されました(JW-10)。
価格は630万円以上、大きさは事務机ぐらいありましたが、まさに革命的な製品であり、日本語の使用環境をひっくり返したようです。

それまで特許事務所などで使われる和文タイプライターは、2000種類以上もの漢字活字を内蔵するためさらに巨大でした。漢字キーがどこにあるかを素早く見つけなければならない和文タイピストは特殊技能の持ち主でした。けれど、どちらもワープロ登場後ほどなくしてオフィスから駆逐されました。

私が勤めていた会社の技術役員で、パソコン(でワープロ機能)を使う時には必ず、直立不動でPCにお辞儀をする人がいました。
何をしているのか秘書が尋ねると、こう言われたそうです。

「このように便利な機能を開発してくれた東芝の技術者の努力を我々は忘れてはならない。だから毎回、その人たちに敬意と感謝を示している」

参考資料:
OASYS-Lite (ykanda.jp)
OASYS Lite-コンピュータ博物館 (ipsj.or.jp)
JW-10-コンピュータ博物館 (ipsj.or.jp)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?