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もし、未来が変えられるなら『3話』

 布団もびしょ濡れだったのだろう。帰ると部屋のど真ん中に布団が干されていた。ビショビショの服のまま、僕は布団の横で、放心状態のまま灰になったように膝を抱えて丸くなっていた。夜中の出来事が、現実なのか全くわからなかった。親に昨日あったことを聞く気にもなれなかった。

 年が明けて、1月になった。僕は渚を知らぬ間に目で追っていた。渚はいつも陽の光の当たる窓際の席に座っていた。光に照らされて、太陽のように眩しかった。いつも絵を描いている渚の隣に、今日も僕は座る。僕が隣に来ても渚はこちらを振り向かない。ずっと絵に集中している。

「渚・・・・・?」
「・・・・・」
「な!ぎ!さ!」
「!?いたの?おはよう」
「う、うん。おはよう」こんな会話で一日が始まる。

 気づいてからは渚は結構話しかけてきてくれるようになった。でもつっけんどうだ。渚はお昼ご飯をあまり食べない。すぐに食事を終わらせて、仲のいい女の人と話している。僕はその輪に入った。

「あ、渚の隣にいつも座ってる男の子でしょ?」
「はい。そうです。蘭と言います。庵蘭です」
「蘭くん?いい名前だね。私は瞳。江畑瞳。よろしく」

 その人は、僕よりだいぶ年上そうな人だった。ふくよかで、優しそうな人だ。渚が好いているのもよくわかる。渚は終始笑顔だ。僕らはそのまま三人でデイケアが終わるまで話した。桜がデイケアの窓から見える季節になった。渚は相変わらず、窓際の席に座っている。桜の花びらが、机に一枚ハラリと落ちた。渚はそれに気づかず絵を描いている。僕もそれに習って静かに絵を描い始めた。時はゆっくり流れる。僕らは話をしない。でもその空間が気持ちよかった。僕はその日、渚にLINEを聞いた。渚はあまり躊躇わずに教えてくれた。いや、さも当たり前のようにだ。僕は心の中で、拳を突き上げた。

 その日、家に帰って、僕は早速、渚にLINEを打ってみた。

『元気?今日はありがとう』
『何が?』
『何がって、LINEを教えてくれて』
『ああ、そのこと?何かと思った』

 渚は会って話すより、LINEで話す方がそっけない。僕は、その後に打つ言葉に迷った。でも、このまま終わりたくない。布団に寝転がりながら、ああでもない、こうでもない、と頭を抱えた。そうしたら、渚からLINEが来た。『私のこと好きなの?」唐突すぎた。頭が真っ白になりそうだった。「え?」としか返せなかった。『好きなのって聞いてるの』突き刺すような再度の質問。僕は素直に『好きです』としか言えなかった。次の渚の返備を怖くて見たくないと思った。でも間髪入れずに、返信が来た。『じゃあ、付き合おう』目を疑った。布団の上で、スマホを大きく掲げ、その後、大きく自分の顔に近づけ、目をぱちくりさせながら、もう一度、しっかり画面を見た。『じゃあ、付き合おう』よく見直しても、書いてあることは一緒だった。僕は急に現実に引き戻されたかのように、嬉しくなって『お願いします!』と送っていた。『はい』とだけ返って来たその言葉が、いつもの渚なら、冷たく感じていたと思うけど、身体の芯から温かくなるほど、嬉しくて仕方なかった。

 桜が散り始めたあの日、僕らは付き合うことになった。

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