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あん(オリジナルが出来るまでの旅)

あん(2015年)

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監督:河瀬直美
原作:ドリアン助川
脚本:河瀬直美

「こちらに 非はないつもりで生きていても 世間の無理解に押しつぶされることが あります。そうしたことも もっと伝えるべきでした。」

季節は、桜 咲き乱れ 桜 降り注ぐ春。

プレハブ作りの小さなどら焼き屋、『どら春』で、辛い過去を背負う千太郎は雇われ店長を続け、日々どら焼きを焼いていた。

ある日、この店を徳江という手の不自由な老婆が訪れ、バイトに雇ってくれと千太郎に懇願する。

何度か足を運び、”低賃金でも良いから・・・”と、薄気味悪いほど懇願してくる彼女。

元々人生のロスタイムを生きているかのような気持ちで生きていたとしたら、彼にとっては、面倒くさい存在でしかなかった。

故に、いい加減にあしらい帰らせた千太郎だったが、ある日、「おたくのどら焼き、生地は良いんだけど、”あん”がねえ・・・。良かったら、これ、食べてみて。」と手渡されたタッパーの中の手作りのあんを舐めた瞬間、その味の佳さに驚く。

徳江は50年”あん”を愛情をこめて煮込み続けた女だったのだ。

千太郎は、生地は自分で焼いていたが、中身の”あん”に関しては、業務用缶詰の類を使っていた。自分で小豆から作ることを試みたが、どうにも上手くいかなくて、あきらめて市販のものを使っていたのだ。

それだって、そんなに不味くはなかったはずだが、それを知った徳江の柔和だった顔貌と、ゆっくりした口調が瞬時に一変するのだ。

「”あん” は 自分で作らなきゃ!」と。

徳江は、桜の樹々や、小豆、風や季節とも会話をする。一瞬一瞬の時を丁寧に生きて来た。いや、そうしなければならない辛い理由があったとも言える。

当時、夜勤明けで帰って来たKちゃんに「この間、何を観て泣いてたの?」と訊かれたので、この作品の話をした。

すると、当時GYAOで公開されていたこれを、その日のうちに観ると言う。

いやあ、Kちゃん、夜勤明けだと寝ちゃうかもよ・・・と思った。何せ、序盤は静かに静かに流れて行く映画だから・・・と思ったのだけど、Kちゃんと私のツボは近かったらしく、途中から、喉を詰まらせ咽び泣いていた。

悲しいからというだけじゃない。こんなに丁寧な生き方ってあるんだ・・と思った。

小豆や、桜や、風や、季節と話しをするということは、今、目の前に見える彼ら彼女らが、ここに辿り着いて来るまでの旅の話を”聴く”ことだ。

小豆にも桜にも風にも季節にも、今と昔があり、歴史があるから。

しかし、その声を聴くためには、歩調を彼ら彼女らと合わせなければならない。この声を届けるには、相手が今どんな状態なのかを見つめていなければタイミングが分からない。

徳江は、小豆の一粒一粒に「頑張りなさいよ!」と声をかける。小豆の一粒一粒の過去を受け止める。

結末は悲しいばかりではなかった。

いつもふざけてばかりのKちゃんは、その時、「こんな気持ちで介護の仕事をしたい。」と言い、私は、こんな気持ちで生きていきたいとさえ思った。

下手くそでも良い。

あん(中身)は、自分で作らなくちゃね。

徳江は、千太郎を受け止め、千太郎は、徳江の受け止めがたいほど、静かで、大きな、強い人生を受け止めた。

桜は、小豆は、風は、季節は、それを見ていた。

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