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”ドラキュラ伯爵”の強迫観念

まさか感動するとは。

数々のドラマや映画というのは観てみるまで分からない。でも、その蓋を開けるまでには何かちょっとしたきっかけが要る。

例えばタイトルが気になったとか、トレイラーの映像に引っ張られたとか。

そういう意味ではこの”ドラキュラ伯爵”には全く期待していなかった。

仕事とは全く関係のないものを観たり聞いたりしたい。ぼーっとしたい。まさにそんな心境の時だった。

パーっと見た映画のリストの中で残念ながら興味を引くものが無かったので、何となくその辺のタイトルをポチっとクリックすることでこのドラマは始まった。

ところが、観はじめてまもなく「あれあれ?何これ?」という感覚。

主人公のドラキュラ伯爵は、これまで数々の映画で描かれて来たどの吸血鬼よりも充分恐ろしく描かれている。どの歴代ドラキュラにも引けを取らないリアルな恐ろしさ。

それなのに、冒頭から登場しているたった一人の修道女アガサの方が圧倒的な存在感。

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彼女がドラキュラのように怖いわけじゃない。外観が不気味なわけでもない。むしろ美しい。

しかし、ドラキュラ伯爵の元から命からがら逃げだして来た弁護士ハーカーの恐怖体験を傾聴する彼女の態度と目の光。そして強い口調。

どこに関心を持っているか?というポイントも、何から何まで尋常じゃないのだ。しかも修道女だというのに「神などいません!長年この仕事をしていて未だ神に会ったこともない。」などと言い放つ。修道女なのにアウトサイダー過ぎでしょ。

修道女アガサ・ヴァン・ヘルシングは、目の前の弁護士ハーカーの恐怖体験に同情しているのでも共感しているのでもなく、彼を通してドラキュラ伯爵と対話し、ドラキュラ伯爵を理解しようとしていた。

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人は自分の固定観念と違うものを目にすると、何とか思考を追いつかせて自分なりにその理由を探し結論づけようとする。

その時の私の頭もまた 目の前の違和感あるやり取りに何とか頭を追いつかせ、「この妙な関心の寄せ方も情熱も、この修道女が長年研究して来たドラキュラと戦い、倒すためなんだろうなあ。」と結論付けようとしていた。

しかし、観ているうちにやがて理解が追いついて来る。これは勝つためには敵を知れとかそういう単純な話でもなかった。

かくも恐ろしいドラキュラの恐怖を先に描いたのは、その存在と相対する彼女の勇敢さを描くためだった。果たしてどちらが恐ろしいのか。そろそろ分かり始めて来た。

・ドラキュラは心臓に杭を打ち込まれると死ぬ。

・日の光に当たると死ぬ。

・十字架やニンニクが嫌い。

・誰かが招き入れない限りは人の家には入れない。おかげで、すぐそこに居る獲物である人間にも近づくことができない。

伝説は繰り返し語り継がれるうちに、”それを聴く者たちにとっての真実”になる。そして、”その者たち”とはドラキュラ自身のことも指す。

そのうちの一つや二つは思い込みかも知れないが、何せ何世紀も生きながらえて来たドラキュラ自身が誰よりも繰り返し聞かされて来た内容だから、それは本人にとっての強い暗示になる。もはやこれは長年とけない強い催眠。

例え思い込みでも現実的に強い身体症状として出てしまうし、大きく行動制限がかかってしまう。(ドラキュラでなくてもそうですよね?)

途中、「ああ、やっぱり人間が破れたか。」と思わされたり、「え?そうなっちゃうの?」とビックリするような展開の山を幾つも越えた。

何せ、遺伝子論まで出てくるし。

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遺伝子まで戦いに使いますか。

そして、見終えて、やっと知る。

これは一人のセラピストと一人のクライアントの話だと。

ドラキュラ伯爵は、自分自身の心の奥にある本当の望みを知らなかった。

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いくら殺しても血を吸っても、その圧倒的な怪力と巧みな心理術で幾人もの人々の恐怖を楽しんで優越感に浸ってみても、満たされなかった。それどころか、ますます乾き苦しんでいた。

彼女と出会うまでは。

おどろおどろしい話かと思えば、これは愛と勇気と癒しが詰まった物語だった。

そして、実は私たちの日常にも、ごく短いスパンでこんなことが起こっている。誰もがドラキュラ的な極端な思い込みを持ったり、修道女アガサのように震えるほど怖いものに立ち向かってくことがあるし、自分や誰かを奮い立たせることもある。

抑圧していて自覚できなくとも日常の無意識レベルでそれは起こっている。

知恵を持って戦ったり愛したりしているのが人生で、そこには目が覚めるような美しい何かや、目を閉じずにいられないほど眩い光がある。それが生きることだ。

ドラキュラは知った。

彼女と出会ってから。

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