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75年のバトンでつながる"美しい夢" ーー八谷和彦特別展「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて~ @あいち航空ミュージアム 

「万博」といえば、最近は2025年の大阪万博が話題ですが、2005年の愛知万博で、ちょっと変わった飛行機が展示されていたのをご存じでしょうか?

2005年 愛知万博での展示風景写真
(「八谷和彦特別展「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて~」の展示より)

真っ白くて曲線の美しい、まるで鳥のような飛行具。「風の谷のナウシカ」に登場する「メーヴェ」に似ているって、すぐにピンとくる方もいらっしゃるかもしれません。

私も当時、実物大のモックとして会場で展示されていたこの機体を、「すごいな、この機体で自在に飛ぶことができたら夢みたい」なんて思いながら見ていました。その愛知万博から18年を経て、人を乗せて自在に飛ぶこの飛行具が再び愛知で展示されています。

▍愛知万博の展示から18年を経て 自在に飛ぶあの飛行機の展示

会場は、名古屋からバスで20分ほどの場所にある「あいち航空ミュージアム」。戦後初の国産旅客機・YS-11などの実機も展示され、航空機産業の歴史に触れられるこの博物館で、八谷和彦特別展「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて~ が開催されています。

こちらの展覧会と、2022年5月5日に開催されたトークイベントに参加してきました。

「八谷和彦特別展「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて~」会場風景

真っ先に目をひくのは、窓から太陽光が差し込む中、真っ白く映える機体「M-02J」。万博で展示されていたグライダー機「M-01」から、翼の形状などが少し変わり、ジェットエンジンも組み込まれています。

M-02J
M-02J 後方から

会場ではこの飛行機が実際に飛行する映像を見ることもでき、YouTube上でもいくつかのフライト映像を見ることができます。オンボードカメラの映像は、通常の旅客機では体験できない、本当に鳥になったような視点で、思わず見入ってしまいます。

作者のメディアアーティスト・八谷和彦さんが、この飛行機を制作するプロジェクトを開始したのは2003年。きっかけはイラク戦争で、いやおうなしに戦争に参加していってしまう状況を見て、コミック版の「風の谷のナウシカ」を思い起こしたところにあるのだそうです。

2022年5月5日に開催されたトークイベントの様子

その状況が「どうにもならない」は本当なのか、それは「日本は独自に飛行機を作れない」という思い込みとも通じるのではないか?と疑問に思い、「一度、僕らが一番欲しいと思うタイプの飛行機を自分たちの手でつくっってみよう」と思ったと言います。

1人乗りで、比較的ゆったりとしたスピードで、手を振ったときに地上から見えるくらいの高度で飛ぶ飛行機は、八谷さんのトークの中の言葉を借りると「より高く、より速く、より遠く」といった”機能性”の追求とは違った方向に飛行機があっても良い未来を見せてくれます。

トークイベント後には、機体の前で操縦方法などを解説してくださいました。操縦桿ではなく、身体の重心移動を使って操縦します。

▍「HK1」から75年を経てつながる、無尾翼ジェット機

今回の特別展のタイトル「「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて~」のとおり、今回の展示では「M-02J」のほかに「HK1」という無尾翼機にも注目しています。

「無尾翼機」は、一般的な飛行機の後方にある「尾翼」の無い飛行機。飛行機の方向を安定させる尾翼の機能を、主翼に持たせています。

「HK1(萱場1型無尾翼グライダー)」は、戦前の1938年につくられた日本初の無尾翼滑空機。民間航空機のプロフェッショナルが集まってつくられた飛行機なのだそうです。海鳥の「カツオドリ」から着想を得て、”無尾翼のジェット機をつくりたい”と発想されたものなのだそう。

HK1(左)とM-02J(右)の1/5模型

会場ではその1/5模型が、M-02Jの1/5模型と合わせて展示されています。私は今回の展覧会で初めて拝見したのですが、大きさがよく似ていて、気持ちの良い流線型のボディに直線的な翼。かっこいいですよね。

柏飛行場・秋水写真 カラー化プロジェクトの写真。戦時中の秋水の写真がカラーでよみがえります。

第二次世界大戦が始まる直前にHK1は大破してしまうそうですが、第二次世界大戦の終戦直前には、実戦では使われなかったものの、B-29の迎撃用として、やはり無尾翼機の「秋水」が開発されます。会場では、この「秋水」にまつわる当時のモノクロ写真を、時代考証を行ってカラー化した、「柏飛行場・秋水写真カラー化プロジェクト」の写真や映像も見ることができます。

▍「飛行機は美しい夢」;「HK1」「秋水」「M-02J」の展示を見て考えたこと

ここからは展示とトークを通じて、個人的に考えたことですが。

まず、「HK1」「秋水」についての展示を通じて感じることは、年表などで見れば”過去の” ”ひとつの出来事” として捉えてしまいそうなことも、当然のことながら、感情を持ったひとりひとりの人によって作られているということ。特に秋水のカラー写真を見ていると、時代背景は違っても、そこに携わっているひとたちは、自分の職場や、大学で隣にいるかもしれないくらいの身近な人と同じような人に感じられたり。

柏飛行場・秋水写真 カラー化プロジェクトの写真。モノクロからカラーになるだけで、写真の中の人たちが自分たちと近い感覚に見えてきます。

それから、「「より高く、より速く、より遠く」といった”機能性”の追求とは違った方向に飛行機があっても良い」と先に書きましたが、一方で、では「機能性」を追求した機体は、それとは全く違った思想や理想のもとにつくられてきたのか?と考えると、きっとそんなことはないということ。

HK1の試験飛行パイロット・島安博氏。前例のない無尾翼機の機体の操縦に取り組み無事故を貫いたそうです。

つくりだすものがアート作品でも、民間の商用機であっても、軍用機であっても、それをつくる人には共通する空への憧れがあるのかもしれないと感じられます。それに、それは過去だけではなくて現代でも、さらに言えば航空機に限らなくても、「理想のものをつくりたい」「美しいものを作りたい」という希望は、ものづくりをする人が共感できる感覚のようにも思えます。

日本の航空機開発年表

八谷さんがこのプロジェクトのことを、ご自身にとっての「風立ちぬ」だとお話されていて、その意味を私はうまく理解できていなかったのですが、アート作品でも機能性を目指した飛行機でも、「美しい飛行機・自分の理想の飛行機を作りたい」という根っこは同じということなのかなぁと、展示を見てから考えていました。

M-02Jについて解説してくださる八谷和彦さん

トークの中で「M-02Jは75年※の歳月を経て完成したHK1なのかもしれない」という言葉がありました。今回の展覧会を見ていると、それは「HK1」から「秋水」、「M-02J」と、世代が変わりながらも人の縁がつながりながら、思想と技術のバトンをつなげるようにして出来上がってきた機体だったように見えてきます。 (※ ちなみに「75年」というのは、2022年までではなく、M-02Jが飛ぶ2013年までの時間という意味かなと思います。)

▍あいち航空ミュージアムは、特別展以外も見応え抜群

会場のあいち航空ミュージアムは、常設展示も見応え満点でした。

あいち航空ミュージアム 外観

戦後初の国産旅客機・YS-11や、ビジネスジェット機・MU-300の実機、精巧に復元した零戦の実物大模型などの迫力の大型展示物に、日本の航空技術の発達を担った重要な航空機100種類を25分の1スケールで精巧に再現した模型「名機百選」など、飛行機の歴史をその大きさとともに実感できます。

あいち航空ミュージアム内の展示の様子。手前に見えるのがYS-11の実機。

フライトの仮想体験ができる「フライングボックス」や、3Dシアターなどのシアター系の展示も充実しているほか、あと、展望デッキからは、旅客機やセスナ機、自衛隊や消防隊のヘリコプターなどを見ることができます。やっぱり、動いているところが見られるのが嬉しいですよね。

1/25模型コーナーには、「秋水」の模型も。


特別展でも常設展の両方を通じて、日本の飛行機にまつわる歴史を模型とそこに携わった人を通じて感じることが出来るのと当時に、「空を飛ぶこと」の魅力も伝わってくるような展示です。

「八谷和彦特別展「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて~」は、あいち航空ミュージアムで2022年5月30日までです。

会場外からは、イラストレーター・寺田克也さんによる、M-02Jをモチーフにしたカッコよすぎる生イラストも見ることができます。

【展覧会情報】 八谷和彦特別展「M-02JとHK1」~無尾翼機に魅せられて~

会期:2022年4月27日(水)〜5月30日(月)
会場:あいち航空ミュージアム
時間:9:30〜17:00 (最終入館は閉館の30分前)
休館日:火曜日
入館料:一般 1,000円、大学・高校生 800円、中・小学生 500円
(2023年3月31日まで、上記入館料から2割引)


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