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熱帯

"『あなたは何もご存知ない』彼女は指を立てて静かに言った。『この本は最後まで読んだ人間はいないんです』"2018年発刊の本書は、中断時期を経て小説とは?に真摯に向き合った良書にして、作中の"どこか"ではなく本自体がめくるめく異界の扉としてメタ的に襲いかかってくる挑戦的な奇書。

個人的には好きな作家の話題作ほど、できる限り発売から少したってから冷静に読もうとじりじりと構えている内に、さながら3分たったのを忘れて伸びきったカップラーメンの如き残念さで忘却の果て、積読の海へと沈んでいってしまうのですが。いやいやそれは行かんだろといいかげんサルベージして手にとりました。

さて"汝にかかわりなきことを語るなかれ"という警句から始まる本書は、冒頭にまさかの作者の分身とおぼしきモリミン谷の『モリミン』が登場、締切に追われる生活の中で熱帯という煙のごとく消えてしまった本を思い出した事から、誘われる様に沈黙読書会に参加。そこで熱帯をもつ若い女性と出会った事で【本の中で本を追いかける】物語が加速していくわけですが。

謎の集団『楽団』、神出鬼没の古本屋台『暴夜書房』マジックリアリズムが如き『喋る達磨』など"らしさ"に安心感を覚えつつ、2010年に連載されていた3章までと数年間たって書かれた4章から5章では【はっきりとした違い】を感じる事から『変わらない』デビューからのヘタレ大学生モノを求める人だと後半につれて戸惑いを、一方で著者の幻想モノや『変わり続ける』作風も歓迎している人は"挑戦している!流石!"と快哉を叫ぶのでは?とお節介な印象を受けました。(私は後者です)

一方で本書では、著者にとっては『父親との思い出』でもある『千夜一夜物語』や『ロビンソン・クルーソー』他、いくつかの先行するような文学作品が登場するわけですが。もし自分が同じ状況だったら、どんな作品を思い出すだろうか?と妄想したり、あるいは本書の紹介のおかげで"なーる"と更なる積読からのサルベージが進みそうで、老シンドバッドよろしく無条件の感謝の気持ちが浮かんだり。

『本の中で本を追いかける本』自体に惹かれる誰か、あるいはメタ的に回転する物語が好きな誰かにオススメ。

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