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呪われし印籠

「助さん、格さん、もういいでしょう」

上品な声が不愉快に鳴った。
ついに来た。手に汗がにじむ。
奴らに何度やられてきたことだろう。何をどうやったって、あの懐からアレが取り出された途端、こちらは身動きひとつとれなくなるのだ。

幾度となく頭を巡らせた。よりうまく、より楽に、贅沢な暮らしができるよう。なのに、あのふやけた面した爺の隣がアレをひとつ取り出すだけで、こちらが積み上げてきたものはすべて露と消える。そして何者かに操られるように、体は勝手に頭をさげるのだ。
たまったものじゃない。あんな簡単な正義が、積み上げてきた悪を吹き消すなどあってはならない。

ずっとどうすれば奴に一矢報いることができるかと考えていた。あれほど頭を巡らせていた悪事も、いつしかあの爺をおびき寄せる餌でしかなくなっていた。罪や悪といった、おおよそ色の汚いものの代弁者のような気持ちが産まれていた。

何度も繰り返すうちに分かったことがあった。奴がアレを取り出しこちらが凍結されるまで、幾ばくかの間があるのだ。それは真っすぐにアレを突き出した後、あの魔言が吐かれるまでの間だ。
あの憎むべき台詞が吐かれた途端、爺や取り巻きのすべてが神々しく見え、何時の間にか跪いてしまう。
つまり、あの魔言が引き金なのである。

今、私の手には手裏剣がひとつ握られている。狼狽えたふりをしながら戦いの中を縫い、とうとう奴の対角線上にたどり着いた。

「静まれい!静まれい!」

奴らは一体どちらが親玉なのか。爺か、子分か。或いは助か、角か。
いや、今はただこの一時に研ぎ澄ますだけだ。

奴は懐に手を入れた。来る。時が来る。心臓が大きく鼓動する。手裏剣を握る手に力が入る。指の間から血が流れてくるのを感じる。

「この紋所が」

時は来た。

「目に入ら」

そして手裏剣は音を置き去りに飛んでゆき、印籠ごと屋敷の壁に突き刺さった。乾いた高い衝撃音が静かに響いた。

―― 勝った。

自分の配下を含め、皆の時が止まっていた。鍔迫り合いをしていたものも、今は手を下ろし壁に突き刺さったソレを見ている。
なるほど、こんな優越を奴らは味わっていたのか。これは、どんな悪事より甘露である。

「はて、呆けた顔以外、目に入らぬが」

勝利の愉悦をこれでもかと込めて言うと、かの副将軍の顔色はどんどんと青ざめていった。
いや、青ざめていくどころではない。それは顔色というものを通り過ぎ、変色を始めていた。

「すぐにわかる」

そう言い残すと、もはや目も口も全てが青白く変色したそれは倒れ、砂のように崩れた。気づけば、周りの誰もが、砂と消えていた。
あまりにも異様な出来事であったが、今までもが奇妙だったのだ。頭を振ると、気を取り直し、壁に刺さった印籠を確かめにいった。

足を前に出すたび、ザリ、と音が響く。今踏んでいるのは、たしかに砂なのだろうか。
手裏剣を抜き取ると、壁から印籠が下に落ちた。その瞬間、印籠に空いた穴から黄金の輝きを纏った煙が渦を巻きながら噴出した。

一歩たじろぐ。竜巻のように吹き荒れるその煙は、砂も巻き込み砂塵と言えるほどになっていった。
もう一歩たじろぐ。一度ピタリと動きを止めた砂塵は、勢いを強めながらも細く細く、尖るように渦巻いてゆく。

憎しみや、憧れや、恐れをを抱きながら、それを見ていた。黄金の竜巻は、砂を飲み込んだことによってどこかおぞましい暗さをも孕んでいた。
私がそう意識すると、その竜巻はとうとう音をあげ向かってきた。まるで生き物の如くうねり、先端を針のようにしたそれは、抉るようにして私の目から侵入してきた。

果てしない痛みが押し寄せ、神経や精神の全てを壊していった。
そして嵐が去り、視界が無くなったと気づいた時、私は自覚したのだ。
自分が、次の黄門なのだと。

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