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種を誇ってなんになる

思えば幼ないころから気が長かった。

とっくみ合いの喧嘩なんてしたことがないし、理不尽を投げつけられても黙って泣くだけだった。
お母さんに気持ちを受け止めてもらうことはあったけど、誰かにストレスを思いきりぶつけたことはない。

ただの臆病者ってだけなんだけど、昔からずっと「やさしい子」と言われ続けてきた。
気づけば短気な人を見下してしまっている。でも、そもそも僕は頑張ってこの気の長さを獲得したわけじゃない。そういう種を抱えて産まれてきただけだ。なのに、それを持ってない人を馬鹿にするのはどうなんだろう。

アニメや漫画で、貴族の家系というだけで貧民を見下すキャラをよく目にする。あれと何が違うのか。

僕はもともと持ってた種に水をやっていたにすぎない。短気な人はかなり遅れてその種を手にする。それなのに「お前はなんで我慢できないんだ」って、理不尽じゃないか。

人間、自分ができることをひとができないと腹がたつ。それが社会上当たり前であればあるほど、無駄に感情が増幅されてゆく。

僕はむかしまともに学校に通えなかったし、それを克服しても挙動不審だったし、会社に入っても指示されたことをすぐ忘れた。
普段どれだけ笑って過ごしていても、あっさりと社会は僕を蹴落としてくる。それは毎回新鮮な苦しみと、腐りかけの悔しさをもたらす。

あの混ぜっこの息苦しさを覚えているのに、なんで短気なひとを嫌ってしまうんだろう。

それは「普通」の皿からこぼれてしまうたびに、自分の優しさにすがってきたからだと思う。どれだけ無能でだらしなかろうが、僕は優しいからいいんだと慰めてきた。

何度となく逃げ込んだその場所はもう、手垢で汚れてしまっている。綺麗に咲いたはずの花が、歪なプライドになって鼻を刺す臭いを放っている。

ひとに向けてこその優しさなのに。自分にばかり向けているうちに、醜いなにかに変わってしまった。

もとから持っていたものを誇ってなんになる。ただただ苦手なことに立ち向かう姿を、尊いと思えればいい。

いつも遅刻しちゃうひとも、すぐにキレちゃうひとも、部下のミスを許せないひとも、

みんなみんな、ほめてあげられればいいのに。

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