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蛾のおっぱい

虫が多い。梅雨で、ムシムシしているから。

おまえら今までどこに隠れてたんだってくらいいる。
車にはいつのまにか蜘蛛の巣ができてるし、家の扉をあけるとそのまま蛾が入ってくる。ここはおまえんちじゃねーよ。

今日も会社から帰ってくると、玄関の前にミドルサイズの蛾がいた。たまーにこの世の邪悪を詰め込んだような柄とサイズのヤツもいるから、それに比べりゃかわいいもんだ。
それに、蛾ってのはある程度の大きさになってくるとあんまり飛び回ったりしない。壁にぴったりくっついてジッとしている。うちの親父みたいにジッとしている。目の前の醤油くらい自分でとってほしい。

そんなわけで、「いるなぁ」って思ってるくらいだった。それよりも量産型のチビモスキート達のほうが嫌だった。あいつらは元気。めっちゃ元気。めっちゃはしゃいでる。

「ここ明るくね!?」「光やばくね!?」「いえーい!夏の夜さいこー!!」

チャラい高校生が花火してるのとほとんど同じだ。
だから俺はあの頃のようにいそいそと避けながら扉に手をかけ

ようとした途端、奴が飛び立った!!!

動くはずのないそいつは、ザコにびびってる俺をわらうかのように一気に近づいてきた!
パニックになりながらそれを避けようとすると、そいつは寸前で急旋回してまた別の位置にピタッと止まった・・・。

ふざけやがって。完全に馬鹿にされている。

脳内には不良に寸止めパンチされて嘲笑されたあの思い出がフルカラーで再生された。そんな思い出はないが。

俺びびる。扉近づく。そいつ飛ぶ。俺びびる。そいつ止まる。

5分ほど不毛なループを繰り返すと、ミドル蛾は満足したのか闇夜に飛び立っていった。はーっはっはっは!と声が聞こえるようだった。

・・・扉を開け、無事帰宅した。我が家だ。虫がいない。ムシムシしてるけど。

胸に広がる安堵感と敗北感。
あのミドルモスは今頃俺を笑い話にして酒を飲んでるに違いない。ザコの取り巻きにおだてられながら、雌の蛾をはべらせて。片手でおっぱいもんで。蛾のおっぱいってなんだよ。

あぁ~・・・そうか。この世の終わりみたいな禍々しさのあいつも、飛ぶのか。そりゃ蛾だもんな。飛ぶよな。

やだなぁ。うちの周りの虫がみんな、俺のこと大好きな美魔女になればいいのに。











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