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おもしろいものって、無駄なことの中にあるのかもしれない。

水曜日のヨガは、思ったとおりゆるめだった。終始なごやかな気持ちでいられたものの、ここで筋肉を甘やかすことで、木・金曜日のプランクたちがまた厳しく感じられるのではと、いささか不安ではある。

午前中、家の中のいろいろなことを片づけていて、ふと思った。おや、なんだか肌寒くはないか? ……なんだよ、せっかく扇風機出したのに、寒くなってるじゃんかよ!と、つい誰にともなく苦情をぶつけたい気持ちにかられてしまった。もう、最近は、自然のすることに振り回されっぱなしだ。

YouTube で「12人の優しい日本人」の朗読劇の生配信を見る。この作品は、もともと脚本家の三谷幸喜さんが、自ら主宰する劇団「東京サンシャインボーイズ」のために書きおろしたものといわれている。プロデュース公演も含めて、もう何度も上演されている有名な作品であり、三谷さんの代表作の一つといってもいい。わたしにとって、いつか観てみたいと思う幻の作品でもあった。それが、この外出自粛が続くなか、俳優の近藤芳正さんのよびかけにより、リモートの朗読劇として生配信されることになったのだった。

このニュースを目にしたのは、たしか4月29日だったと思う。その瞬間、わたしの中の演劇愛を司る細胞たちがいっせいに沸き立つのを感じた。キャストのこともよく知らぬままに、これは大変だ、これは絶対に観なければと心に誓った。そして同時に、東京時代によく観劇をともにしていた先輩にも知らせねばと、息せき切って LINE で連絡した。二人でわーわー盛り上がり、リモートで一緒に観ようと、楽しみに今日を待っていたのだ。

リモートで撮影されたムービーはこれまでにも観ていたが、LIVE でのリモート朗読の目撃者になるのは、生まれて初めてのことだった。開演直後は、最大で13人の顔が並ぶ画面とそれぞれの声を目の当たりにし、処理しなければならない情報が多すぎて脳がついていかない感じがしていたが、だんだんと慣れるにつれて、どう観ればよいのかをつかめるようになったきた。

これは、役者さんの力によるところも大きいだろう。夫の Zoom 飲み会を見ていたときと同じように、枠囲みや声の重複に惑わされることもあったが、役者さんたちの声と顔による演技は、そのストレスを補ってあまりあるものだった。皆さん、演劇で鍛えてこられた方ばかりなので、声が聴き取れないということはほぼなかったし、声が重なる瞬間が少なかったのも、うまくタイミングを見計らって演じておられたのではないだろうか。プロの仕事だ。

自分の目の前に映し出されている人たちが、演じることによって自分と同じ瞬間を過ごしていることが、不思議に思えた。それは演劇なら当然のことだ。しかし、観客と演者だけでなく、演者のそれぞれもが別の場所にいながらにして、それが起こりえたということに、何か人の力を超えたものを感じたのかもしれない。演劇の一回性みたいなものを、少しだけ感じることができた。ストーリーはもちろんおもしろく、朗読劇、いや朗読劇を超えた“何か”としてもたいへん魅力的な公演で、今日、生配信に立ち会えたことを幸せに思った。

終末、登場人物たちが一人一人、画面から消えていった後、今度はカーテンコール代わりにまた一人一人、画面に現れるという、Zoom ならではの演出もたいへん効果的で感動した。この方向で、新たな表現方法をもっと突き詰められそうだし、それを見てみたいと思ったぐらいだ。観劇料、ちゃんと払いたかったな……。

冒頭、挨拶っぽく、近藤さんと三谷さんが画面に現れたときに、三谷さんが言った。「よくこんな面倒くさいことやろうと思ったよね。でも、だいたい、おもしろいものって、面倒くさいからね」と。そうかもしれない。だから、面倒くさいことを無駄だとみなして排除してしまうと、おもしろくなくなっちゃうんだよね。おもしろいものって、無駄なことの中にあるのかもしれない。

TBSラジオ「赤江珠緒たまむすび」で、赤江珠緒さんが無事に退院されたとの報告を聞く。赤江さんは、ウイルスへの感染に伴い、4月半ばから番組をお休みし、自宅療養を経て入院されていた。そろそろ退院されるころかなと気にかかっていたので、ひとまずの喜ばしい知らせに、ほっと胸をなでおろした。来週月曜日からは、宮藤官九郎さんが、同じくTBSラジオの「ACTION」に復帰予定とのことだし、数か月前までの日常の楽しみが、ラジオの中だけでも少しずつ戻る日が近づいてきてうれしい。

夫の塩麹熱はとどまるところを知らない。今日は、「ちょっとコンビニ行ってくる」と出かけたかと思えば、肉屋に寄って鶏胸肉を買って帰ってきた。「鶏胸肉は、安くてヘルシーなんだから」と言いながら、どこからか仕入れてきた知識をもとに、低温調理で、塩麹漬けの鶏ハムらしきものを作っていた。なんなんだ、その知識。しばらくたって、できあがったと思われる鶏ハムを二人で味見した。……おいしいわ、これ! 前回に続いての大成功に、夫は、「俺の仕込んだ塩麹のおかげだ!」と、うへうへしていた。それから、「次のステップは、醤油麹だな」と付け加えた。なんなんだ、この情熱。自家製調味料作りというものには、人の研究心をかき立てる何かがあるらしい。

(2020年5月6日)

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