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広めたい新しい「地に足を着けて」を

「地に足を着けて」という表現は一般的には、現実的で実際的な態度や行動を取ることを指します。このフレーズは、根拠のないふわふわ感を排除したことを強調していると思います。理想や夢に固執せず、現実の状況に基づいて判断し、行動することを意味しています。


8年前に引き寄せの法則系の「思考は現実化する」に始まり、「感情が現実化する」ことを突き止めるまでの数年間で、意図したことは、感情に臨場感を伴うことで現実化する、、、なんて努力の要らない簡単なことを知らなかったんだ!と衝撃を受け、好奇心と歓喜と共に、会う日と会う人この話をしていましたが、大抵決まって「地に足を着けてね」と言われますし、人によっては温度差の違いで去っていきます。


自分はいいものを見つけた気になっていたので、塩対応されるとは想像もしませんでした。私はこのことを40年以上知らなかったことで凄まじいほどの人生の遠回りをした・・・と落胆していたのに、周りの人はいいものとは思えないのですね。むしろ引き寄せ?なにそれ、誰が引き寄せるんですか?目を覚ませ!、現実的に考えろ、地に足を着けろと突っぱねられるので、どんどん孤独になっていきます(笑)


こんなにシンプルなことに、どうして喜べないで引かれてしまうのか?どうしてみんなは真面目に働けるんだろう?まだ努力していける、まだ社会のため、企業のために我慢していけるって、どんだけ隷属意識強いんだ?と共感されない悲しみが、ある種のマウントに変化していきました。


どんなことでもマウントするのは間違っていることにすぐ気づき、感情の取り扱い方をマスターしよう!と心を入れ替え、自己承認からEQを取り入れるのに時間はかかりませんでした。もともと私がHSS型HSPなのでEQは得意でしたので、唯一の楽勝感が私に自信を与えました。それまでの人生は「自分にダメ出しを、他人に奉仕を」がモットーで過ごしてきたので、凄まじい卑下ですから自信なんて皆無なんですからね。そこに自信がつくものを見つけられたことで一気に自己重要感にエッジが効いていきます。


諦めることができなかったんですね、スピリチュアルを極めることと、引き寄せの法則系は。引き寄せできる時とできない時がありますが、できる時はとても楽しかったので、気が大きくなるんですね。絶対なんでも叶うと信じていましたし、スピリチュアルは知れば知るほど意識の変容が起きてきます。気づきは視座の変化をもたらします。流行ってた覚醒とか、5次元意識という世界観が起こっていくので、まるで「魔法を手に入れた」ような感じさえするんですよね。そして自分は正しいことしてる、的な思いになるんですよね。だから地に足がついてないと言われても、人から引かれても、前進できるんですよ。それこそどんどん覚醒することを肯定するように、それに関連するYouTubeが増加していきますからね。安心が増していくのです。



時代は確実に変化していますから、これまでと同じ価値信念で常識を重んずる固定思考な生き方をしていたら、変化の波に乗れず変化に置いてけぼりになります。予測不能な時代の技術革新、働き方改革、AIの発達はマッハです。情報操作で肝心なことは知られないように隠されてもいますが、情報は常に氾濫しています。


例えば36年前のPCは箱型で背面からマザーボードを数種類入れ込むんです。液晶表示は数行、メールもできないのに大きくて高価でしたが、今じゃ指先で世界中の情報を入手できて通話も無料できる、写真撮影も加工もできる優れものが一人一台で当時のPCと同じくらいの価格って、すごい変化ですよね。便利なものを先人の努力で作り上げ物質的に豊かになったそんな物質優位志向から、精神優位志向へ移行していることに気づかないとしたら、その追いつかない思考で考える先になには果たして何があるのでしょうか?
そこで私が考える「地に足が着いて」は以下の通りです。時代が変わったなら価値観も変わって当然です。古いものを握りしめるよりも一旦手放して空っぽにした方が新しいものは入りやすくなり生きやすいですよね。


  1. 自分の気持ちに正直であること:自分の感情や内面的な真実に素直になり、それを無視せずに生きる。

  2. 今この瞬間を生きること:過去の後悔や未来の心配にとらわれず、現在の瞬間に完全に集中して生きる。意識的に行動する。

  3. 内面の誠実さ: 他者に対しても、特に自分自身に対して誠実であり偏りのない日常を送る。

  4. 精神的な調和: 内面と外部環境とのバランスを取り、調和の取れた生活を送る。



これには以下の利点があります

  • 自己理解の深化: 自分の感情や思いに正直であることは、自己理解を深めるための重要なファーストステップです。

  • 精神的な豊かさ: 今この瞬間を丁寧に生きることは、精神的な満足感や充実感をもたらします。たったこれだけで多幸感を感じられるのです。

  • 感情の健康: 自分の感情に正直であることは、感情の健康を保つために重要です。



「内面的な調和とは、自分との信頼関係が築かれている状態を指します。」

  1. 自己理解と自己受容: 自分自身を深く深く深く理解します。自己理解と自己承認は中途半端ではありません。かなり踏み込んでいきます。それでやっと昭和世代は、自分のありのままの自分を受け入れることができ、飾りのないやりたいことが見えてきます。

  2. 感情の管理: 感情を認識し、適切に表現し、対処する能力。これをEQと言います。感情の特性を知れば人間関係のコミュニケーションはスムーズです。感情はただ湧いてきただけではありますが、認識することはセカンドステップの重要性を持ちます。

  3. 価値観の明確化: 自己理解が進むと自分の価値観や信念が改めて明確になります。ここが一番のネックですね。それに従って生きたいと思うけど、以前の価値観の方が楽だったから変化に抵抗しがちになります。

  4. ストレス管理: ストレスとは緊張状態ですから適切に管理し、心の平穏を保つ方法を知っていることで緩和できます。

  5. 内なる平和: 自己理解が進むと内面的な葛藤が少なくなります。心の中に平和と安定感がある状態は、心の健康を表します。

  6. ポジティブな自己対話: 生い立ちがどうであろうと、過去の苦い体験を背負っていたとしても、自分との対話は自己批判から自己肯定に変化していき、自己効力感や自己重要感を促進します。自然体で充実した日々を送ることができます。


なので余談ですが、普段の生活から離れた「非日常を味わいたい」と出会いを求めることもないと思います。例えば減ることのない不倫に、婚外恋愛と名を変えて正当性を持たせ、既婚者同士のマッチングアプリを利用するなど、真面目で上質な出会いを求める既婚者というキャッチフレーズは、子どもの教育にどう影響するのでしょう?まあ人の人生なのでいいんですけど。


満たされない者同士がどんな理由で内なる平和を求めて一緒にいても、満たされることはないんですよね。マイナス+マイナスはプラスになるのでしょうか。これに限らず個々の満たされない心というものは様々なシーンに影を落としますね。


もう十分物質的繁栄を経験してきたと思います。ここからは精神的繁栄を作り上げ後世に遺していく準備に入ることが、「地に足が着いた」在り方なのではないかなと思うのです。


でもね、人生は冗談ですからね。真面目じゃなくてもいいんです。瞑想も要りません。ただリラックスして今考えることをやめる。頭の中に清涼な風を送る感じですね。そして自分の気持ちに正直になり、やりたくないことはやらない。自分へ労いの言葉かけをする。



もちろんです。以下に一般的な「地に足を着けて」という表現と、あなたの言う「地に足を着けて」の表現を表形式でまとめました。


↑左が一般的な地に足を着けて|右が私の思う地に足を着けて↑


今日も読んでいただきありがとうございました😄

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