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「はたして医者は… 」 開業医のひとりごと 秋山一誠

#開業医のひとりごと
#月刊ピンドラーマ  2022年3月号 HPはこちら
#秋山一誠 (あきやまかずせい) 文

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 まだまだコロナ禍が続く世の中です。このコラムの24人の読者様は皆お元気でいらっしゃいますか。オミクロン株の感染力から考えると、このうち何人かは罹患されているのではないかと思いますので、お見舞い申し上げます。去る1月は当地サンパウロではコロナ感染とインフルエンザ感染が爆発的に増え、PCR検査すらするのが困難でしたが、この原稿を書いている2月ではコロナ感染の後遺症を沢山診るようになってきました。ブラジルではワクチン接種の追加3回目も一通り終わり、子供の接種も随分進んでいる状態です。しかし日本をみていると、緊急事態宣言が延長されるわ、発熱患者は増えるわ、国から個別接種しろと言われるわ、でコロナ禍の医療従事者が大変忙しいようです。まあこれは一種の人災だと思います。

『こういったコロナ禍をブラジルでは「puta pandemia」と言うのだ』

 この「puta」という言葉(ポル語の発音では「プッタ」)は当地に住んでいるとよく聞く言葉だと思います。直訳すると「売春婦」という意味なので、一応お下品な言葉遣いをしてはダメなテレビなどでは使われませんが、日常的に使用されているスラングとしての意味は「凄い」になります。この「スゴい」は必ずしも悪い状況をいっているわけではなく、良い驚愕を示すこともありますので(例:puta carrão=スゴい高級車)、発言の前後から判断するしかないですね。しかし良いも悪いもどちらの方向にもいけますので、なかなか判断に苦しむ場合もあります。この「プッタ・パンデミア」は「スゴい流行性感染症」ということなので、良いということではなく、「ああ、酷い流行と言ってるんだ」とくみ取るわけです。女性を示してプッタと呼ぶ場合は、売春的職業の従事者ではなく、どちらかというと「尻の軽い女」と言った意味合いになりますので、使用する際、注意が必要ですね。

 このような混同があるので、最近は職業を示す場合、「garota de programa(ガロッタ・デ・プログラマ)」を使うことが多いです。売春婦のポルトガル語の正式名称は「prostituta」なのですが、最近では公式文章などにしかみられなくなっています。公文書と言えば、ブラジルは日本と比べて人権的な権利が発達していますが(註1)、その一つが、売春婦を労働者と認める法律があることです。当地では2002年より売春行為を労働と認めており、連邦政府労働省の職業分類(CBO、 Classificação Brasileira de Ocupação=ブラジル職業分類)にも「trabalhador do sexo(性に関する労働者)、分類番号5198」と記載されてます。

 Putaはポルトガル語の女性名詞ですが、男性名詞の「puto」も存在します。ブラジルではほとんど使用されませんが、ポルトガルでは日常的に使用され、「男子、男の子、子供」と言う意味です。まったく売春的な意味合いはなく、「os putos lá de casa(家の子供達)」といったような活用です。じゃあ、子供達が女の子なので、「as putas」と女性名詞に変化できるかというと、そうすると、前出の売春婦になりますので、ややこしいと言えばややこしいですね。

 いずれにせよ、女性名詞としての「puta」は蔑む言葉であるのは間違いないでしょう。職業として認定されているブラジルでも売春婦は卑しい人種であるといった社会的位置づけだと思います。しかし、ブラジルの20世紀の大作家の一人、Érico Veríssimoが1938年に出版した小説「Olhai os lírios do campo」(註2)では反対にブラジルでも社会的地位が高いとされる医者がプッタと同じである(註3)というくだりが面白いので今回紹介させていただきます。

Érico Veríssimo作、ポルトガル語の本文(一部加筆、加筆部分は作者不明)

Você trabalha em horários estranhos.
Que nem as putas!
Pagam pra você fazer o cliente feliz.
Que nem as putas!
Seu trabalho sempre vai além do expediente.
Que nem as putas!
Seus amigos se distanciam de você, e você só anda com outros iguais a você.
Que nem as putas!
Quando vai ao encontro do cliente, você tem de estar sempre apresentável.
Que nem as putas!
Mas quando você volta, parece saíndo do inferno.
Que nem as putas!
O cliente quer sempre pagar menos e que você faça maravilhas.
Que nem as putas!
Todo dia, ao acordar, você diz: “Não vou passar o resto da vida fazendo isso!”
Que nem as putas!
Se as coisas dão errado, é sempre culpa sua.
Que nem as putas!
Você sempre acaba fazendo serviços de graça para o chefe, os amigos etc.
Que nem as putas!
Apesar de tudo isso, você trabalha com prazer.
Que nem as putas!
(これより加筆)
Porém, na verdade, médico tem uma vida pior do que puta!
Puta não atende convênio.
Puta recebe na hora.
Puta não dá recibo nem nota fiscal.
Puta não declara seus clientes para o Imposto de Renda.
Puta não preenche guias e papeladas.
Puta não precisa ter contador.
Puta não paga sindicato, associações nem Conselho Regional.
Puta não segue código de ética.
Puta não precisa ir a congressos e cursos.
Puta não precisa revalidar título de especialista.
E tem muita puta por aí ganhando mais do que médico!

開業医の和訳

医者はいつも変な時間帯で仕事してるね。
プッタと同じだ。
顧客を満足させるために報酬もらうね。
プッタと同じだ。
仕事は定時で終わることなどないね。
プッタと同じだ。
昔の友人はみんな離れて行き、今は同業者の付き合いしかないね。
プッタと同じだ。
ボスは素敵な車を所有してるね。
プッタと同じだ。
顧客に会うときは、チャンとした服装が要求されるね。
プッタと同じだ。
でも、帰って来た時は、地獄から生還したようになってるね。
プッタと同じだ。
顧客はいつも報酬が高すぎると文句を言い、けど仕事はしっかり要求されるね。
プッタと同じだ。
毎日起きた時、「こんな仕事を一生続けないぞ」と言うね。
プッタと同じだ。
何かヘマがあったら、いつもあんたのせいにされるね。
プッタと同じだ。
なんだかんだでボスや家族や友達にタダで仕事することになるね。
プッタと同じだ。
それでも、喜んで仕事してるね。
プッタと同じだ。
でもね、本当は医者はプッタより酷い生活してるんだ。
プッタは安モンの健康保険を扱わない。
プッタの仕事は現金決済。
プッタは領収書を発行しなくてもよい。
プッタは確定申告に顧客申請しなくてもよい(註4)。
プッタは用紙の記入など書類仕事する必要がない。
プッタには税理士の出費がない。
プッタには組合費や会費などの出費がない。
プッタには電子署名の維持費が必要ない(註5)。
プッタの仕事は倫理憲章や法律に縛られない。
プッタは学会や研修会に出なくてよい。
プッタは認定医制度の更新を気にしなくてもよい。
しかも、医者より収入の多いプッタも結構いるぞ!

註1:これはブラジルの社会のほうが新しく、昔からのしがらみや利権が少ないからできるのであると思います。
註2:現在も販売されています:ISBN-10=8535906096。邦訳は「野の百合を見よ(地湧社)」。
註3:小説は苦学して医者になった主人公が逆玉の輿にのり、社会階層を登り詰めていく過程で、自身の信念や医師としての倫理を失っていくという話。
註4:ブラジルでは確定申告の医療費控除があるため、医師側は顧客申請する義務がある、つまり脱税できない。
註5:電子署名はオンライン診察やオンライン処方箋を発行する際必要。

秋山一誠(あきやまかずせい)
サンパウロで開業(一般内科、漢方内科、予防医学科)。
この連載に関するお問い合わせ、ご意見は hitorigoto@kazusei.med.br までどうぞ。
診療所のホームページ www.akiyama.med.br では過去の「開業医のひとりごと」を閲覧いただけます。


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