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第76回 実録エッセー『大丈夫だっ!Tudo Ok!!』 カメロー万歳 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2022年7月号

これを書いている今。つまり2022年の6月13日ということになるが、ボクの住む田舎町ではコーヒーの収穫やフェスタ・ジュニーナの準備に大忙しで、大変なにぎわいを見せている。町全体が浮かれた雰囲気に包まれているが、それもそのはず、約3年ぶりに開催されるサン・ジョアン祭りにブラジル人の遺伝子が騒がぬわけがないのである。

そんな華やかな空気とは裏腹に、ボクの気分は沈んでいた。

なぜならここ数週間の間、不測の事態に見舞われること夥しく、心身ともに疲れ切っていたからである。人間、ツイてないときはとことん天から見放されるらしい。

ことの発端は約1か月前のことであった。

ある日突然、後頭部に違和感を覚えた。髪の毛を触っただけで頭皮がチクチクと痛むのである。インターネットで検索すると、こういった症状を『神経痛』と呼ぶらしいが、なるほどたしかに特殊な痛みである。なにせ髪の毛をサッと撫でただけで、電流が走ったようにビリビリするのだから。それも痛むのは右側だけというミステリアスな現象であった。

初めの頃は『そのうち治るだろう』とあまり気にしていなかったのだが、3日たっても5日が過ぎても改善の兆候が見られない。これはさすがに?という疑念が湧いてきたちょうどその時、ふと鏡を見ると、顔面の右側部分、額から目の周りにかけて水ぶくれのような発疹ができていることに気づき、慌ててグーグル検索を行ったところ、どうも自分は『帯状疱疹』という病気に罹ってしまったようなのである。

帯状疱疹予防.jpというサイトによると、
『帯状疱疹は、水ぼうそうと同じウイルスで起こる皮膚の病気です。体の左右どちらかの神経に沿って、痛みを伴う赤い斑点と水ぶくれが多数集まって帯状に生じます。症状の多くは上半身に現れ、顔面、特に目の周りにも現れることがあります』
とある。

赤い斑点と水ぶくれはまだそれほど目立ってはいないが、異常が起きているのは明らかであり、数日のうちにさらなる存在感を示してくるだろう。ここに至ってボクは、自分が『帯状疱疹』に罹ってしまったことをハッキリと理解したのであった。

『帯状疱疹予防.jp』を読みすすめていくと、治療には主に抗ウイルス薬が用いられており、発疹が出てから『3日以内に服用するのが好ましい』とある。

ならば早速とばかり、ブラジルの公立無料病院『SUS』に駆け込んだボクであったが、童顔の医師は自信に満ちた表情で、
『大丈夫だっ!Tudo Ok!!』
と、言い放ったのであった。
(大丈夫じゃない!!)
絶叫したい気持ちを抑え、水ぶくれができかけている箇所を必死でアピールするも、童顔の医師は『Tudo ok!!』を繰り返すのみで埓があかない。結局、痛み止めの処方こそしてくれたが、肝心の抗ウイルス薬を手にすることはできなかったのである。

『これ絶対に帯状疱疹なのになぁ…』
そんなことをボヤきながら帰路についたが、諦めきれぬ気持ちがボクを近所の薬局へと走らせた。ターゲットは事前にインターネットで調べておいた帯状疱疹用の抗ウイルス薬『アシクロビル』である。医師の処方せんがないと売ってもらえぬはずだが、背に腹はかえられない。悲壮な決意でもって薬局の暖簾をくぐると、1番近くにいた店員を捕まえ、窮状を訴えた。が、なんということであろうか。『ラフで陽気なラテンの国』というイメージの強いブラジルであるが、すべての人がチャランポランというわけではないらしい。声をかけた店員には『処方せんがないとダメです』と、あっさりと断られてしまったのである。意気消沈のボクであったが、もう一度病院に行くのは面倒くさいし、医者の診察にも信用がおけない。ここはなんとしても『アシクロビル』を手に入れて、自宅療養とシャレこみたいところだ。

店内をよく観察すると、ボクが先ほど声をかけた店員はこの店の従業員の中では新参者のようで、キビキビと立ち振る舞ってはいるものの、どうにも頼りない印象である。

『新人であるが故に生真面目』
ふと、口をついて出た言葉がコレだった。

新人だからこそ融通がきかぬという例もある。そこで今度はベテラン風のおねーさんに事情を説明したところ、快く了承してくれ、どうにかボクは抗ウイルス薬を手に入れることができたのであった。

(よかった…)
と、安心したのも束の間、家に着いた途端に額と目の周りにできた水疱が激烈に痛みだした。水ぶくれがギンギンと脈を打っていて、今にも破裂しそうなほどである。
こりゃ、いかん!
悲鳴をあげて自室にひっこみ、ちゃぎのに看病をしてもらいながらベッドで横になっていたが、あまりの痛みに眠ることすらできなかったのである。

それから2、3日もの間、地獄のような痛みが続いた。何もする気になれず、ひたすら家でウンウンと唸っていたが、それはまさに、これまでに経験したことのないような苦しみであった。

帯状疱疹、恐るべし!まさか、こんなにヘビーな病気だったとは!

『帯状疱疹予防.jp』によると、この病気は50代から発症の可能性が高まってくるとのことであるが、ボクはまだピチピチの40歳。健康だけが取り柄だったのに…。と、恥ずかしいやら情けないやらで、穴があったら入りたいほどである。

オレもすっかり弱っちまったな…。
そんなことを思いながら裏庭の軒下で黄昏れていると、外から爆竹の破裂音が耳をつんざいた。

あと一週間でサン・ジョアン。
落ち込むには、少々うるさすぎる季節である。

皆さんも、怪我や病気にはくれぐれもお気をつけください。


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu


月刊ピンドラーマ2022年7月号
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