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第77回 実録エッセー『そうだ、サンパウロへ行こう』  カメロー万歳 白洲太郎 月刊ピンドラーマ2022年8月号

そうだ、サンパウロへ行こう。と、思い立ったのはフェスタ・ジュニーナを数週間後に控えた5月のある日のことであった。目的はもちろん露天商売に必要な商品の仕入れであるが、その他にもYouTube動画の撮影や日本食材の買い出し、友人たちとの面会など、やりたいことが盛りだくさんである。実現すれば一年半ぶりのサンパウロ旅行なだけに、ボクとちゃぎのは胸を踊らせながら日程の検討に入った。

青空市場が最高潮に盛り上がるフェスタ・ジュニーナ(6月祭り)の期間は、露天商にとっては書き入れ時である。できれば5月中にサンパウロで商品を仕入れ、6月への準備を整えておくのが理想であろう。

ちゃぎのは鼻の穴を大きく膨らませながら、意気揚々とホテル検索を始めた。今回のサンパウロ行きは彼女の息抜きも兼ねているので、張り切るのも当然である。スマホでAirbnbやBooking.comなどのサイトをくまなく巡回し、候補を絞りこんでいく。25・デ・マルソでの商品仕入れ、日本食材の買い出し、友人たちとの面会、そしてYouTube動画の撮影など、諸々の事情を鑑みると、やはりLiberdade (リベルダーデ)がもっとも便利だろう。という結論に至った我々は、この地に絞って検索を徹底したが、さすがは世界最大級の東洋人街として知られるリベルダーデ地区である。観光客もやたらと多いらしく、ちょっといい感じのホテルやマンションを見つけても、選り好みをしているうちにすぐに予約が埋まってしまうのである。すでに数件、手頃な物件を取り逃がしていたため、我々に残された選択肢はそれほど多くはなかった。一泊200レアルを超える、それなりにハイソなマンションの一室か、もしくはラブホテルのような安宿である。自分ひとりであれば迷わず最安のホテルに泊まるところだが、ちゃぎのも一緒となるとそういうわけにもいかない。普段、田舎町でワイルドな生活をしているだけに、旅行したときくらいは都会らしい清潔感を味わってもらいたいものだ。というわけで、ハイソなマンションの一室を借りることにしたが、今回は6泊という長丁場である。管理費も含めると、宿泊費だけで1300レアル近い金がかかることになり、ボクの顔は青ざめた。燃料の高騰により、バスの運賃も上がっているし、商品の仕入れにもかなりの金がかかる。今回のサンパウロ旅行では、それなりの出費を覚悟せねばならぬだろう。

とりあえず宿泊先が決まったことにホッとしたが、安心したのも束の間、今度は部屋の貸し手側とのやりとりで苦労する羽目になった。なぜかといえば、先方とのコミュニケーションがWhatsAppの自動返信チャットに限られていたためである。電話で話せばすぐに解決するような疑問や質問、ちょっとした予定変更なども、自動返信チャットを介してでしかやり取りできない点が大いに不満であった。このご時世、完全デジタル化にこだわりたい気持ちもわからんではないが、便利を追求するあまり、結果的に不便になってしまっては元も子もない。いちユーザーとして、このような風潮に強く抗議をする次第である。

さて、準備は整った。あとは出発を待つばかりである。と、言いたいところだが、まだ油断はできない。人間いつなんどき、何が起きるかわからないからで、それを強く実感した出来事が、10日ほど前に発症した帯状疱疹であった。この病気に罹ったおかげで、バイーアのビーチリゾートへの旅行もキャンセルせざるを得ず、先払いしていた宿泊代もパアになってしまったのである。

それにしても帯状疱疹の痛みは激烈であった。今でも右顔面の額から目の周りにかけては、発疹が破裂してグヂュグヂュになったかさぶたが溶岩のように皮膚にへばりついているし、痛みは落ち着いてきているものの、免疫力の低下は否定できない。身体の防御力が弱っている今、ちょっとしたウイルスの侵入を許せば、あっという間に体調が悪くなることは必然である。
(ビーチリゾートに続き、サンパウロ旅行までキャンセルするわけにはいかぬ…)
というプレッシャーと戦いながら、静かに出発の日を待つ我々であったが、どうにかこうにか当日を迎えることができたのは幸運というより他ない。

というわけで2022年の6月1日午前4:00、ボクとちゃぎのはサンパウロ行きのバスへと乗りこんだ。1週間以上、家を空けることも心配だが、30時間以上に及ぶ長距離バスの旅にも不安が募る。

果たして、どんな冒険がボクらを待ち受けているのか。

真っ暗闇の中、オンボロバスが頼りなく走りはじめた。

つづく


白洲太郎(しらすたろう)
2009年から海外放浪スタート。
約50か国を放浪後、2011年、貯金が尽きたのでブラジルにて路上企業。
以後、カメローとしてブラジル中を行商して周っている。
yutanky@gmail.com
Instagram: taro_shirasu_brasil
YouTube: しらすたろう
Twitter: https://twitter.com/tarou_shirasu

月刊ピンドラーマ2022年8月号
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