📓さよならスープストック

いまから５、６年前のこと。
朝は早めに会社の最寄駅に着くようにし、駅前のカフェでパンとコーヒーのモーニングをとり、昼は週３でネパールカレー、夜はコンビニでパンやおにぎりを買って会社で食べ、終電で帰宅、家に着くのは日付が変わってから、という生活を続けていたときのお話。

もともと摂食障害もちで、食べるだの食べないだの、吐くだの吐けないだのにとらわれて生きている私にとって、「おいしく食べられるもの」がみつかったときのよろこびは、摂食障害じゃない人の何倍も、何十倍も、何百倍もあると思う。
「おいしく食べられるもの」とは、「吐かずにすむもの」というのはもちろん、「野菜はいくらでも食べてオッケー」などという自己流謎ルールのもと、「夕飯はキャベツ１玉」とかそういう感じで摂取するものだったり、「安くてまずいパンこそ最高」とか、そういった食べ方をする食事ではないもののことである。

日常的に必要なぶんの食事はふつうにとれている私は、摂食障害者のなかでも、だいぶ軽いほうだとは思う。
一人で生きていくには働かなきゃいけないし、働くにはそこそこ食べておかないと頭回らないし、だから、最低限の「ふつうの人のふり」はできていると思う。
ただ、根っこの部分は変わらないので、何かしらのストレスがあるとすぐ食べるし、吐く。
そして、「吐く」ができなくなったのが、いまから５、６年前のこと。

会社では吐く場所なんてもちろんないし、朝早く夜遅いため、家にいられる時間は少ない。
「食べる」で力尽き、吐く余裕なんて全然なかった。
少しでも長く睡眠時間を確保したかったし。
このころを境に、私は吐けなくなった。

残業代はコンビニとマッサージへ消える日々。
自炊なんかしたら、作るだけじゃなくて片付ける時間も必要だから、絶対にしなかった。
デパートはおろか、スーパーさえ閉まってしまうような時間の帰宅。
ベッドに寝転がり、スマホを見つつコンビニのパンを食べながら寝てしまう日も多かった。
熟睡してしまうと朝起きられなくなりそうで、つねに電気はつけっぱなしだった。

基本的にデスクワークだが、たまに社外におつかいに出ることがあった。
そんなときはだいたい外でランチができるよう調整して出るようにしていたのだが、何を食べたらよいのかわからなくてパニックになることがよくあった。
会社の近くはなにもなかったけど、おつかいに出るのならなんだってあるのに。
自由なのに、ちっとも自由じゃない。

そんなときに助けられていたのが、スープストックだった。
嚙まなくていいけど、ごくごく飲むものでもない。
時間をかけてゆっくりとあたたかいものを味わえる。
立地のせいもあってか、仕事の合間という感じの女性の１人客が９割の店舗というのも落ち着けた。
「食」に異常に執着する病気もちでありながら、おだやかに過ごせる貴重な場所であった。

そんなスープストックが、離乳食の無料提供を始めると発表し、炎上した。

私は独身だし子どもはいないけれども、離乳食の無料提供、つまり、親が食事をしつつ離乳食をあげられる場の提供というのは良いことだとは思う。
離乳食しか食べられない赤ちゃんが泣き叫んでいたらうるさいだろうな、とも思わない。
だって仕方ないじゃない。
言葉が通じない、発することもできない赤ちゃんに「泣くな」とは言えないし、親に「黙らせろ」とも言えない。

ただ、私を救ってくれたあの場所はもうなくなってしまうのだな、と思っただけ。

ランチを社内でとるのも、誰かと一緒に外に出るのも面倒くさいなって思う人の食事の場所がひとつ減っただけ。

スープストックで食事を楽しんでいた人が、結婚して、子どもを産んでも来れる場所にしたかっというなら、それでいいと思う。
あと数年はそういう人向けにやっていくんだろうな、と思う。
あと数年はそういう人がまだ存在していると思うけれども、いつの日か「１人客の仕事女の居場所」ではなく「赤ちゃん連れで行ける場所」という認識が広まり、最初から「赤ちゃんを連れてご飯が食べられる場所」という存在になるだけ。
「会社員時代に行っていたスープストックにわが子を連れて行ける」という人がいなくなるだけ。

ただそれだけのこと。

味だけじゃない。
居場所としても私には最適だったから、テイクアウトをしたり、冷凍のスープを買ってまで飲もうとは思わない。
家で飲んだって気持ちはアガらない。

ただ、いつか「これが私を救ってくれたスープだよ」と、連れて行きたいひとがいる。

それだけのこと。