見出し画像

飛行機の中の会話

日本からイギリスへ戻る飛行機、15時間の旅。

映画を二本見終わる頃、画面のフライトマップ上ではやたら大きな飛行機のアイコンがアラスカ上空に近づこうとしていた。

機内の照明は暗くなり、寝る時間なのだが、外の景色が気になって仕方ない。

国際線の長いフライトで通路側の席にする私は、窓の外を見るためにといつも機内の一番奥まで頻繁に歩く。

しかし、この時間帯は機内を暗くするためか、窓の外が見えないようになっていた。

デナリが見えるかもしれないと淡い期待があったものの仕方ない。

側にいたCAさんにこの先オーロラは見えるでしょうか、と尋ねてみると、親切にも機長さんに電話してくれた。なんとHigh chanceだというので一気に胸が高まる。

そのままCAさん達とオーロラ談となり、彼女達が以前に緑や赤のドラマティックな光をとらえた貴重な写真も見せていただいた。

こうなったら眠れない。朝6時すぎにホテルを出たので油断すればウトウトしてしまうのだが、High chanceという言葉のパワーで、閉じそうなまぶたのシャッターを持ち上げる。

数時間後、もう一度CAさんのところへ戻ってみると、なんだか乗客とCAさん達が輪になって楽しそうにお喋りしている。随分と仲が良さそうなのだが、皆さん初対面だという。てっきり親子だと思ったほど。。

またまたオーロラ談になり、その場にいた他の男性もぜひ見たい!と仲間が増える。彼は今回初めての日本旅行をしたそうで、知らずに水着で温泉に入ってしまったことなど、微笑ましいフレッシュな体験談をたくさん話してくれた。

日系航空会社と、イギリス航空会社の違いにはどんなところがあるかとの話に及んだ際、私が「日系航空会社は乗った瞬間に既に帰国したような気持ちになる」と話したところ、彼もイギリス航空会社に同じことを感じるという。

飛行機の中というのもやはりお国柄が出るもので、この短くない移動時間に、異国を感じたい人とホームを感じたい人、それぞれだ。

CAさんの中にはなんと同じ北海道出身の方がおり、今後もイギリスに住みたいですか、と尋ねられた私は、海外経験豊かそうな彼女に「どうしたものでしょうかね」と逆に伺ってしまった。

彼女は「イギリスを離れれば、ヨーロッパにいた頃が夢みたいに遠くなるのかもしれませんね」と言い、確かに昔、短期で留学をしていた頃は、帰国後にその時のあらゆることが幻のように感じられたことを私は思い返した。

オーロラポイントまではあと1時間、何かあれば機長さんが知らせてくれるとのことで一同いったん席へと戻る。

フライトマップで、飛行機はグリーンランドへと近づく。何も知らせがないまま、時間が過ぎていき、映画を見ていても落ち着かない私は、再び立ち上がる。先ほどのCAさん達は休憩に入っており、交代で来ていた別のCAさんに尋ねてみたところ、親切にもまた機長さんに電話してくれた。どうやら先ほど数分オーロラが出現したとのことだが、連絡する間も無く消えてしまったという。

その後も飛行機は順調にアイスランド上空へと近づく。イギリスへの飛行時間も3時間を切り、機内の照明は再び明るくなっていた。

もうオーロラは見れないとわかり、もちろん残念な気持ちもあったが、CAさんと機長さんの優しさに満たされていて、割とあっさり諦めがついた。心残りといえば、先ほどオーロラを一緒に見ようと言っていた彼に後で会えると思っていたが、結局会えないことになる。

せめてアイスランドの山々を見れないだろうか、と再びウロウロして窓を眺めていると、ある乗客の女性に声をかけられた。彼女は80歳で一人旅、なんとロンドンは経由地に過ぎず、そこからさらに乗り継いでイタリアのボローニャまで行くという。

昔、まだ海外渡航が今のように簡単ではなかった時代に、着いた先で宿を探し、仕事をもらい、ボローニャに一年ちょっと滞在していたそうで、その時の知人に今回会いに行くのだという。

「一人で怖くないですか」と尋ねると、これまで海外へ行く度、良い人々に出会ってきたので怖いとは思わないとおっしゃった。私もこうして長いこと旅ができるだろうか。

できることならもっと海外にいたかったという彼女に、イギリスと日本の間で時々心が彷徨う私の話をさせていただくと、「日本にはいつでも帰れるわよ」と力強く目を見て言ってくださった。

ボローニャには3ヶ月ほど滞在されるそうで、イギリスにもプチ旅行で来られるといいですね、と話しているうちに飛行機はスコットランドへと近づいた。

ディナーのようなボリューム感の朝食には、カタカナで「プリン」と書かれたカップのデザートがつき、いよいよこれが日本を感じる最後であるように思われた。

北海道出身のCAさんがわざわざ席まで来てくださり、オーロラはどうなりました?と声をかけてくれた。

到着直前の機長のアナウンスは、曇っているロンドンへようこそ、と笑ってしまう一言でシメられ、流暢にジョークを飛ばす国イギリスも好きだなぁと思う。

日本からの色々な想いをのせているであろう飛行機は、無事にヒースロー空港へと着陸し、何はともわれ、重い荷物を引きずるこの旅が終わりに近づいているかと思うと一安心の気持ちが大きかった。

飛行機を降りる時、北海道出身のCAさんが「したっけ!」(北海道弁の”そうしたらまた”)と送り出してくれた。笑顔がチャーミングな素敵な方で、あぁお名前をお尋ねすれば良かったと少し後悔。「あの人」と覚えるのではなく、お名前で覚える方がずっとずっといい。

空の明るさが日本よりも何トーンも低い、イギリスのいつもの空はチラ見で十分であった。早く日本食が詰まった大事なスーツケースのもとへ行こうと「Baggage Claim」の黄色い看板を追いかけて歩くも、通路の長いことかな。トイレに寄ったため、他の乗客からすっかり取り残されてしまった私は、後ろから小走りで抜かしてきた機長っぽい男性しか見る事なく、一人。本当にこの道であっているのだろうかと不安になるくらい長かった。さすがに着くかと思って見上げた案内板には、未だ徒歩4分の距離だと書かれていた。

謎に歩かされる国イギリス。私は既に低電力モードである。まだあの荷物を抱えて家まで行かねばならぬ。ロンドンの駅は階段しかないところも多く、一筋縄ではいかないのだ。それをわかっていながら「まぁいっか」とカゴいっぱいスーパーのレジに向かったのも私だ。

パスポートコントロールのゲートは、もはや長距離走の白いゴールラインに見える。ようやく荷物受け取りのベルトコンベアにたどり着くと、皆さんの大きなスーツケースや段ボールの中に何が入っているのか気になって見てしまう。

嬉しいことにここで北海道出身のCAさんにまた会えた。この機会を逃さずお名前をお尋ねして、また会うかもしれないですね、となんとなくこの発言をリアルに感じながら、再び笑顔で送り出してもらった。

空港から、ロンドン中心部へ向かう電車に荷物を詰め込み、フーッと腰をおろすと、機内で一緒にオーロラを見ようと話していたあの男性が、偶然同じ車両に乗り込んできた。別の電車に乗ろうとしていたが、しばらく発車しないことがわかったので、こちらの電車に乗り変えたのだという。なんとも不思議な巡り合わせが続くものである。もう会えないと思った人たちに、またすぐ会えた。

「結局オーロラは見えたの?」と聞いてくる彼に、数分出てすぐに消えてしまったようだよと伝えた。彼も終始気になっていたようだが、睡眠時間は合計6時間とったとのことでなかなかの好成績でないかと話した。人懐っこくて話の輪に入るのが好きな彼に、私は初めてこんな息子がいたら可愛いんだろうなと思った笑。

その日が来るまではどんな気持ちで日本を離れる飛行機に乗るのかなと思っていたけれど、この機内で出会った人々のおかげで、良い意味で気が散ってここまで来れた。

パディントン駅で忙しい人に混じり横切るハトが、ロンドンに「戻ってきた」と思わせる第一ポイントであったことにやや驚きながらも、ノソノソとスーツケースを運ぶ。

漆黒が少し薄れた1月のロンドンの夕刻の空の下。東京で訪れたマンションの廊下に焼き魚の匂いが充満していたことを思い出しながら、家へと向かう。













この記事が参加している募集

ふるさとを語ろう