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ep1. 一緒に歩いてくれた人 -見知らぬ人の親切 (in London) -

少し先に叫んでる人がいる。
罵倒のような、そんな叫び方。

私たちは建物を出て歩き始めたばかりで。状況が掴めないも、その叫んでる男性がこちらに近づいてくるのが怖かった。

ひとまず、彼から離れようと道路を横断する。
するとその男性も同じ方向に横断してくる。

そうして初めて気づいた。
遠くからその男性が叫んでいた相手は自分たちだったのだと。
そしてどうやら人種差別の言葉だと。

体に冷たいものが流れ、アミグダラが警報を鳴らす。

隣にいた知人に「来た道を引き返しましょう」と言い、二人で踵を返した瞬間。
どこからともなく、別の二人の男性が現れる。

「君たちは悪くないから、道を変える必要はない。どこに行きたかったの?」

と聞かれた。行きたいのは駅だったが、あの叫ぶ男性に近づくくらいなら、遠回りしてもいいと思っていた。

「一緒に駅まで行くから。なんならうちらの方が強いから。大丈夫だから。」

と、その言葉にうなずき、四人一緒に歩きはじめる。
男性は叫ぶことをやめないが、四人で近づくと少しひるんだように引き返す。

その繰り返しで、私たちは駅まで無事辿り着き、叫ぶ男性は少しずつ遠ざかっていった。

一緒に歩いてくれた男性二人は特に知り合いというわけでもなく、たまたま居合わせたようだ。

気がついてすぐ側に来てくれたこと。
行動を変えるべきなのは私たちでないと断言してくれたこと。
駅まで一緒に歩いてくれたこと。

彼らがとっさに見せてくれた数々の優しさに、一瞬もらった「ありがとう」を言うチャンスは短すぎた気がした。

***

家に戻ると、数週間だけ舞台リハーサルのためロンドンに滞在していた一時的ハウスメイトがキッチンで楽しそうに何か作っている。

イギリス人の彼とは知り合って間もなかったが、日本食が好きで、彼が作ったお寿司などを食べさせてくれたり。英語で会話についていけない私にも親切に色々と教えてくれて、親しみを感じていた。

まだ動揺していた私は一人で抱えきれず、その場に立ったまま。目の前にいた彼に起きた出来事を話した。

静かに真っ直ぐ聞いてくれた彼は
「I'm so sorry」

と言って少し話した後、そのうち空中に向かってパンチしはじめた。
「代わりにパンチしとくわ!」と。

その動作が可愛く見えてしまった私は、思わず笑いがこぼれる。
嫌な思いをしたけど、助けてくれた人たちの温かみの方が強かった。

何かが起きても。
誰かが気づいているよ、分かってるよって示してくれること。
そうして一人だと思わずに済むこと。
その後の心次第はそう感じられるかどうかで、大きく異なるように思う。

脳は起きてしまったその出来事を忘れられないけれど。
彼らの親切で、それは「嫌な出来事」から「人の優しさに救われた出来事」との認識に変わっていた。

- plural -

ここまで読む時間をとっていただき、ありがとうございます。

「The Kindness of Strangers」では、見知らぬ人々の親切を綴っていきます。
こちらに少しずつページを足していきますので、時々覗いていただけるとすごくうれしいです。




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