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【感情紀行記】空虚

 「その荷物をそこに置いてください。」運び出されるダンボールの山がどんどんと車へと積み込まれ、歩いて5分もしないビルへと運ばれていく。祖父母が高年齢に達するも様々な事情から引っ越すことになった。何十年と住んだ祖父母は新しいマンションへと移り変わる。道を一本挟んだ向かい側へと引っ越すだけだが、町も景色も全てが変わる。

 そんな引っ越しの手伝いをしていた。新しい風が吹き込む最新鋭の自宅にどんどんと荷物が運ばれ、それを指揮する仕事をしていた。旧宅からの由来の品が積まれていく。家全体の明るさも、綺麗さも、設備の最新さも次元の異なるものへと変わっている。誰もが住みたいと思えるような家への移住を保守的に「前の家が良かった」と肩を落とす祖母が対照的に照り出される。数時間もし、引っ越しが終わると、皆で昼食を食し、祖母の気持ちも高揚してくる。新しい事を受け入れ、楽しみ始めた。

 荷物を探しに旧宅に向かうと、それまでの家には、生活感が抜かれ、人の痕跡だけを残した不思議な空間だけが浮かんでいた。まるで荒らされたかのように乱雑に残された不必要な物と、何十年の家族の歴史が重みとなって充満していた。陽が翳り、光が薄暗く差し込む先へと映し出される仏壇や神棚の跡は願いや祈り、超自然的な世界への玄関口としての痕跡を残しぽっかりと空いていた。寂しさと共に陽を取り込む窓から見える新宅への想いと希望を持って部屋を後にした。

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