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ガンダムを見た - 最近何をしたか 2/5-2/15

ガンダムを見た

実物大のガンダムを見た、凄い。具体的にいうと実物大のνガンダムだ。あれが動くと思うと、あれで戦争があるのかと思うと、対峙した人間は逃げ惑うことすら難しいだろと感じる。映画のそれは見たことはある、そう考えると素晴らしいディテール、FRPだろうか、しかし本来のその姿を想像すれば鉄というかガンダリウム合金の塊がそこにあり、動くということになる。その感動と恐怖、それが同居していると思う。そういえば私が見たものも少し動いて、それだけで感動していた。私はガンダムに詳しいというわけではなく、機動戦士ガンダムやそれに続いた一年戦争モノのアニメやOVAを見たことがある程度、だから知識があるというわけではなく限定的なものだろう。しかし子供の頃から寝付きの悪い私にとって、寝つくための様々な想像の一つにガンダムという世界、人間が操縦するというメカニズム、ソフトウェア、ハードウェアがあった。それらを現実的なシステムに合わせ空想したり、現在は現実的でなくとも将来含めあり得る技術で空想を成立させようとしていた。SF全般の論理的裏付けとでも言えばいいだろうか、それが好きだったしガンダムの世界にはそれらを想像し創造できる広がりがあった。

そういうことを積み重ね今も思うのは、やはり人間にとってロボット等未知の存在や新たなる技術は感動を呼び起こす。その存在だけで圧倒されるのである。私は外食はほぼしないのでウェブでしかその姿を見たことはないが、レストランのガストに猫のロボット店員、配膳をするロボットが存在するという。だだ猫が好きなので実際に見たこともない猫の配膳ロボットを引き合いに出したが、昨今そういう自走式のロボットは私自身の目でも見かけ、似たようなものはあちこちにある。簡易ロボットと思えるがそれでも一つの技術の結果だ。もちろんガンダムの大きさとは違うし形状も何もかも違うが、世の中にはガンダムのような多関節ロボットが多数存在し研究されていのも知っている。実物大ガンダムを見るといつかとは思う。猫の配膳ロボットも含め現時点で様々なベクトルに進化していると思うし、プロセッサの進化や様々な部品の小型化、バッテリーの大容量化、そういうハードウェアはこれからも進化し続け、その上にソフトウェアの進化もあるからという期待だ。子供の頃にニュースで見た、大学が研究していた自動歩行ロボットは下半身だけだった、そしてそれも上部の支柱にケーブルが繋げられていて体重移動しながら歩行する、当時最先端の研究、バランスを崩し倒れもするが上部の支柱へのケーブルがとりあえず支えていた。それでもニュースで見ると驚いた。それから短期間ではないが確実に進化している。それらの技術が進歩すればガンダムができるかどうかは分からない、しかしまだ見ぬファクターも含めいつかは実現できると思いたいし思ってる。それで戦争をするとは思えないが、この社会で何かしらの役割を担うのを楽しみにしている。それは私の死後だろう、しかし私はもうガンダムを見たから十分だ。あとは頭の中で楽しむだけでいい、そして技術の進捗を見守りたいな。

今回の実物大ガンダムは一つのものだ。ものを創り作るという素晴らしさを感じずにはいられない。それを体験できたのが幸せなのだ。


闇の中でも光の中でも

音が聞こえることがよくある、静寂の中の何かしらの音。耳鳴りではない。いや耳鳴りも時々はあるんだけど、その音は記憶のどこかにあるような音だ。それが聞こえれば幸せも訪れたり、悲しければ真空の中の静寂がやってきて、そこにたった一音だけ響いたり永遠の広がりを感じたりする。例えばハミングの音。病気なのかな。


ギター

鮎川さんのギター、使い込まれていて一見ではボロボロだけどいつもギンギンだ。ロックは何かを教えてくれた。そのレスポールではなくても鮎川さんのギターから発せられる音、鮎川さんそのもの、人柄、シーナさんや菊さんSONHOUSEを含めたバンドの歌や演奏だ。後になるが写楽祭のソリッドステートサヴァイバーの衝撃を忘れることはできない。大村憲司さんとのツインギター、あの衝動も好きなんだ。


人との関わり

なんでもない言葉、発せられる音、それに意味があるとすれば、名前がそうだ。特殊な音。意味もなく重大で、そうするとやっぱり意味のある言葉だろうか。そして誰かを認識し呼ぶということは関わっているということ。関わりたいんだ、誰かと。その時にはやっぱり呼びたいね。

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