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essay|海外文学の選び方

 この記事のタイトルを「海外文学の選び方」としたが、どの海外文学を読むべきか?、という問題は扱わない。私は、基本的に、自分が読みたいと思う本を読めばいいと思っている。
 しかし、海外文学を読むときには、若干注意が必要だ。原書で読めればいいが、翻訳で読むときは気をつけたほうがよい。同じ作品であっても、印象が異なったり、分かりやすさにバラツキがあるからだ。
 古典的な名著には、たいてい、複数の翻訳がある。誰がどのように翻訳したのか、ということは意外と忘れられがちだ。

次の(A)と(B)の2つの文章を読み比べてみてほしい。どちらも同じ作品の、同じ箇所の翻訳である。


(A)グロテスクな人々についての本
この作家は口髭の白くなった老人であり、ベッドに入ろうとして、ちょっと手間どった。彼の住居の窓は高く、彼は朝めざめたときに木立が見たいと思った。窓と同じ高さにベッドを按排するために、大工がやってきた。

アンダソン[小島信夫・浜本武雄(訳)]
「ワインズバーグ・オハイオ」
講談社文芸文庫p9

(B)いびつな者たちの書
作家がいた。白い口髭の老人である。ベッドに横たわるのにいつも苦労していた。住んでいる家の窓が高いところにあり、彼は朝目を覚ますときに外の木々が見たいと思った。そこで大工を呼び、窓の高さまでベッドを高くしてもらうことにした。

シャーウッド・アンダーソン[上岡伸雄(訳)]
「ワインズバーグ・オハイオ」
新潮文庫p9

どちらの訳文がよいか、ということには敢えて触れないが、ワンセンテンスの長さや順番が異なることに気がつくだろう。引用したのは、

Sherwood Anderson,
' Winesburg, Ohio '

の冒頭部分。参考のため、一応英語の原文を挙げておく。

THE BOOK OF THE GROTESQUE

The writer, an old man with a white mustache, had some difficulty in getting into bed. The windows of the house in which he lived were high and he wanted to look at the trees when he awoke in the morning. A carpenter came to fix the bed so that it would be on a level with the window. 

海外文学を翻訳で読みはじめた頃、私はあまり翻訳者が誰かということを意識していなかった。しかし、モームの翻訳で有名な行方昭夫先生の「英文の読み方」(岩波新書)を読んでから意識するようになった。

……こうした翻訳と原作の相性については、ひとつの作品にいくつもの翻訳があるものを読みくらべてみるとよくわかるでしょう。シェイクスピアやメルヴィル、モームやヘンリー・ジェイムズのような古典的な文学作品はとくに、翻訳書が複数刊行されていることがほとんどです。専門家でなければ同じ作品を違う翻訳で読む機会は少ないかもしれませんが、翻訳に興味のある方なら、ぜひ試してみることをお勧めします。

行方昭夫「英文の読み方」
岩波新書、pp.203-204

「言われてみれば、たしかに」と思った。ドストエフスキーの「罪と罰」も、工藤精一郎(訳)、米川正夫(訳)、亀山郁夫(訳)とでは、印象が異なる。前巻を工藤訳で読んで、後巻を亀山訳で読むみたいなことは、少し妙な気持ちになりそうだ。

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