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短編小説 | 後ろ姿

 ある女を尾行している。後ろ姿は間違いなくあの女だ。電車を降りて、改札口を出たときにチラッと横顔が見えた。あのときの面影があるような気がした。
 何年も前に、私がふった女だ。当時、私には彼女がいた。女は、私に彼女がいるのを知っていながら告白してきたのだ。
 正直に言おう。私はその女のことを嫌いではなかった。というよりもむしろ彼女を愛していた。
 しかし、付き合っている女がいる。私は本当の愛よりも誠実さを選んだのだ。

 女はまっすぐに進んでいく。私は物陰に隠れながら、こっそり追いかけていく。
 しかし、私は途中から身を潜めることをやめた。女の足どりが異常に早かったからだ。どんどん前に進んでいく。だんだん人影が少なくなってきた。

 いつの間にか、辺りには彼女と私だけになっていた。気がつけば、彼女の真後ろに立っていた。
 その時、不意に彼女が振り向いた。私は「あっ!」と叫んだ。目もない。鼻もない。顔がなかった。
 女は低い声で言った。
「わたし、あの時、顔を捨てたんです」

記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします