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短編 | いいじゃないの幸せならば

「良かったのかい?俺のところなんかに来て、本当に」

「いいのよ。もう。あの子の母親をやることに疲れたの」

 私には、死ぬ覚悟すらあった。なにもかも嫌になったのだ。

 自分の生活を安定させるために結婚して、何の喜びのないセックスをして出来た子供に愛情を感じることなど、私には出来なかった。

 親も、親戚も、親友さえも、「お前は薄情だ」と言われた。誰も肯定してくれる人なんていなかった。

 みな、自分たちが我慢して継続している結婚生活に対する鬱憤を、我が子を捨てる私という女にぶつけたいのだろう。本当は純粋な愛情で結ばれているわけじゃないのに、愛情だけで結びついているというフィクションをみな持っている。それを破壊されるのが怖いのだろう。

 私は幸せを頭で考えない。体で感じているだけだ。自殺しようとしていた私を引き止めてくれた彼の手の感触に、私は魅了されてしまった。

 案の定、彼の体と私の体は、プラトンの「饗宴」の話のように、前世では両性具有の存在だったのだろう。
 舌と舌が絡み合うとき、彼のざらついた舌が秘所を這うとき、秘所と秘所が触れるとき。前世で彼と私が一心同体であったことを確信できた。

「あなたと寝ているだけでいいの」

「あぁ、わかってる。君ほど一緒に寝ていて満たされた女などいない」

「うれしい。私もよ。でも、みんな私のことを責めるのよ」

「あぁ、知ってるよ。俺もいろいろ言われたからな。でももう、ここまで誰も追って来やしない。いいじゃないか、俺とお前が幸せならば」

「そうね、私たち、そういう生き方しか出来ないから。いいわよね。あなたと私が幸せならば」

 

(おしまい)



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