短編 | はぁあ~、立ち直れないよ
「どこに座ろうか?」
平日の夜遅くのファミレスに入った。
店内はガランガラン。ほとんど人はいなかった。入った途端に気がついたのは、ひとりで何やらずっとしゃべっているオジさんだけだ。
「あっちのほうに座ろうか?」と彼女に聞いてみる。僕はどこに座ってもいいと思った。あの一人言をずっと言ってるオジさんのそばでなければ。
「もしかして、あのオジさんから離れた席がいいと思ったの?」
「そう。だって、1人でずっとブツブツ言ってるからさ」
「大丈夫だって。あの手の人はね、自分の世界に入り込んでるから、こっちのことなんか気にしないってば」
「ああいう人、嫌じゃないの?」
「だって面白そうじゃん。思い付いたことを何でもベラベラ話す人となんか、なかなか出会えないじゃん。この店に入った瞬間、『ラッキー』って思ったよ」
そうか。そういう考え方もあるのか。僕はせっかく彼女と二人きりなんだから、二人だけの世界に浸りたいと思っていた。なんで見ず知らずの、ちょっと頭がおかしそうな、赤の他人のオジさんの話を聞く必要があるのかと。
彼女にとって、楽しそうなことや好奇心をひくことは、何よりも優先される。まぁ、僕としても、二人だけの世界に浸りたいと思いつつも、これといった話題はなかったから、彼女の言った通り、独り言をずっとしゃべっているオジさんの、すぐ近くの席に座った。
オジさんの席に近づいてはじめて気がついたのだが、席には新聞やら雑誌やらが積まれていた。店内に置いてあったものだろう。しかし、それらには目を向けず、オジさんはずっと独り言を言っている。
「あんにゃろー、俺をコケにしやがって」
「あ、でも俺があいつの財布から五千円失敬したんだったな」
「ったく、最近の政治はなってねぇなぁ~」
「あ、でも俺が政治家だったら、日本は沈没するだろうけどなぁ」
「あの女の子のいいところは、おっぱいがデカいことだけだったな」
「ああ、でもなぁ、俺はチ◯ポが小さいし、頭も悪いしなぁ。ごめんなぁ」
こんな感じのノリツッコミみたいな独り言が延々とつづいた。やっぱり、このオジさんは頭がおかしい。。。なんて思っていたのだが、彼女はずっとうつむいたまま、笑いを噛み殺していた。
彼女が小声で言う。
「お腹が痛いよ~。面白すぎる~、はぁダメだぁ、笑いが止まらないよ~。笑い死にしそうだぁ~」
そうか。彼女はこういうのがツボだったのか。確かに面白いけど、「ヤバそうな人だなぁ」という気持ちが先走っていた僕は、自らの考え方を恥じた。
「ちくしょう!なんで、あの巨乳は俺のもとを去っていったんだ~。ギャンブルで全財産すっただけなのによ~」
さっきまでは明らかに違う大きな叫び声になった。オジさんの叫び声で、店の窓ガラスが割れるんじゃないかというくらい大きな声だった。
さすがにあまりにもオジさんの声が大きかったから、店員さんがやって来て、
「お客様、大きな声でお話するのはご遠慮ください」と小さな声で言った。
「すいません」と、今度はさっきとはうってかわって蚊の鳴くような小声でオジさんが呟いた。
店員さんが立ち去った後、オジさんは聞き取れないくらい小さな声でささやいた。
「俺は罪深い男だよ。はぁあ、もう立ち直れないよ、ごめんなぁ、店員のお姉さん…」
それを聞いてとうとう堪えきれなくなった彼女は、さっきのオジさんの大声と同じくらいの大きさの声で、
「はははははぁ~、ダメだよ~、ウケる~~はぁ、はははぁ~」と笑った。
こんなに無防備に大声で笑った彼女を見たのは、これがはじめてだった。
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします