たんぽぽノート 2話


 裏門から人目を気にしながら入りこみ、こっそりと校舎に潜入する。

「まるで極秘任務中の女スパイだよねー、今のあたしらって」
「届けるのは極秘情報とかじゃなくていちごじゅーすなんだけどね……」
「美味しすぎるやばいじゅーすだよ!」
「やばいじゅーすはなんか入ってそうでやだなぁ……」
(というか、いつも思うけどこんなあっさり侵入できるのって、セキュリティ的に大丈夫なのかな……)

 小声でそんなやり取りをしながら学校の防犯設備に疑問を抱いている内に保健室に辿り着いていた。

「周りに人影なし、よし!」

 ガラガラガラッ

「先生ただいまー!約束通り買ってきたよー!」

「あら、お帰りなさい。ちゃんと買ってきてくれたのね、ありがとう♪風花ちゃん、咲ちゃん。あともう少し声量を落とせると偉いかな?」

 今は授業時間であり、早退扱いの私達がいるのがばれるのは私達にとってもアコニ先生にとっても都合が悪い以上、アコニ先生の指摘はごもっともだと思う。思わず手で口を抑えた風花はもごもごと何かを言っていたけど、何を言ってるかわからない。

「手離さないと喋れないよ風花」
「ぷはっ!それもそう!アコニ先生、はいこれ約束のブツです」 
「ブツって貴方……まぁ取引の品だから間違いじゃないかしら」

 先生は風花の差し出したじゅーすを受け取ると、ストローを取り出してストローの挿し口に突き立てた。

「それで?パフェは美味しかった?」

 じゅーすを飲みながら訊ねるアコニ先生に、風花が興奮気味に答える。

「めっちゃ美味しかった!あれやばいよ!380円であのクオリティは、もうスタビクオリティだよ!」
「スタビで出してるのだから、スタビクオリティじゃない方がやばいでしょう。あら、これ本当に美味しいわ……!」

 風花の感想に苦笑していたアコニ先生は、飲んでいたじゅーすの味に目を見開く。

「ですよね!じゅーすの中にいちごの果肉も入ってて本格的!また飲みたくなっちゃうよね!」
「よだれ垂れてるよ風花……」

 そう言いながらよだれを垂らす風花の口をハンカチで拭う。

「ところで2人とも、この手はあまり使わないようにしなさいね?」
「なんでー?」
「バレたら問題、世間体も悪い、授業の出席にも影響してくる──と、これは建前として。薬はね?ここぞという時に使うから効果があるのよ。使い過ぎると毒になるんだから♪」

 早退を薬と言うべきか、毒と言うべきかはどちらとも言えないのだけれど、と付け加えるアコニ先生。二人揃っての頻繁な早退が疑わしさMAXなのは間違いない。

「はーい、わかりました」
「気をつけます」
「当然、本当に体調が悪い時はちゃんと来るのよ?我慢は体調不良や病気にとって一番の栄養源なんだから」

 我慢は良くない、そう言いながらじゅーすを飲むアコニ先生は、確かに我慢から縁遠そうに見えた。

「よし、あとは早く帰りなさい。他の先生に見つかったら大変よ?他の皆はまだ授業受けてるんだから。帰るまでが極秘任務よ?」

 廊下でのやり取りは聴かれていたらしい。

「はーい!咲、早く学校から出よ」
「ばれないように静かにだよ?」
「……わ、わかってるって!」

 今にも走り出しそうな風花にそう言って釘を刺し、再びスパイごっこに戻るのだった。

───────────

「うぅ……んん、今日は良い天気だね!暑いけど、風は気持ちいい♪」

 腕を伸ばしながら風花がそう言った。日差しは強くなったけど、風もそこそこに吹いて、日陰であれば思いの他快適だ。

「これからどうするの?もう帰る?それともどっか行く?」
「えっと……今時間は…え、やばっ!13時50分じゃん!めっちゃ遊べるじゃん♪咲どこか行きたい所あるー?」
「うーん、行きたい場所か〜。どうしよっかなぁ」

 正直あまり思い浮かばないけど、外を歩き回るよりどこか店に入ってのんびりしていたい。

「じゃあ、取り敢えず渋谷でショッピングしよー!」
「うん、いいね。行こっか!」

 風に吹かれながら駆け出す風花の後を、汗を拭いながら追いかけて行く。

──────────────

「ねぇねぇ咲見て、この服めっちゃ可愛いよー!」
「本当だ……!あ、こっちの服も可愛い」

「ほんとこういうの見てるとさ、全部欲しくなっちゃうよね〜」

 そう言いながらあれこれ服を見比べてはうんうんと唸る風花を横目に、私は気になった服の値札を確認する。

「そうだね……、これいくらなのかな……あー………」

 値札を見て、思わず溜め息を洩らす私を見て、風花が顔をこちらに向ける。

「咲どうしたの?その服が気になるなら試着室向こうにあるよ?」
「いや〜、それが……ね」

 歯切れの悪そうに値札を風花に見せると、その値段に思わず驚愕する。

「12800円!?高すぎ!」
「もぉ風花……、もう少し声小さくしなきゃだよ、お店に悪いよ?」
「そうだね、ごめんごめん。でも、良い服ってめっちゃ高いよね」
「そうだね、今色んなの高くなってるしね」
「やばいよね……。はぁー、洋服はお預けかぁ」

 自分が持ってた服の値札も確認して、渋々ながら元の場所に戻していく。

「まぁまぁ、そう落ち込まないで。あ、ほらあそこ、有名なケーキ屋さんあるよ?」

「ケーキ屋さん!?これはストレス発散しなきゃだよ咲!」
「洋服を買えなかったストレス?」
「そうだよ!こういうのは溜めたらいけないんだよ!我慢は良くないってさっきアコニ先生も言ってた!!」

 風花はそう言いながら私を引っ張ってケーキ屋さんに向かう。

「風花、ちょっと待ってー!」

 転びそうになりながらもついていく。ケーキ屋さんはそれなりに混んでいたが、思ったよりは早く席に座る事が出来た。

「んー、どれにしよ」
「今何で迷ってるの?」
「レアチーズケーキ、いちごムースケーキ、チョコレートに抹茶、それにロールケーキと、あと紅茶のシフォンケーキ!」
「風花……それ全部だよ」

 メニューを見ながら唸る親友に思わず苦笑いを浮かべると、風花がメニューの向こうから覗き込んでくる。

「咲は決めたの?」
「うん、決まったよ。紅茶のシフォンケーキ」

「え、はやっ!私何にしようかなぁ……よし!レアチーズケーキ、いちごムースケーキにする!」
「え、2つも!?」
「うん!誰かが言ってたの、贅沢は小出しじゃ駄目なんだ、って。だから2つ!そしてシフォンケーキちょっと頂戴!私のケーキもあげるから」
「う、うん。全然いいけど、さっきもいちごムース食べてたよね?」

 スタビで美味しそうに食べていたのにまた頼むとは思っていなかった。だが、風花は自慢げな笑みを浮かべている。

「ふっふっふっ、いちごムースは別腹なんだよ!」
「そうなんだ、なら店員さん呼ぼうか」
「返事が雑ぅ」
(気持ちはわからないでもないけどね)

 ピンーポーーン

 風花のドヤ顔をスルーしつつ呼び鈴を押すと、すぐに店員さんがやってくる。

「お待たせしましたー。ご注文、お伺いいたします」

「いちごムースケーキとレアチーズケーキ、紅茶のシフォンケーキをお願いします」

「かしこまりました、ケーキにはプラス200円でドリンクセットに出来ますがどうしますか?」

 それを聞いた時には、既に風花の手にはメニューが開かれていた。

(速すぎて見えなかった……)

「てことは私は2つも!ドリンクは……沢山ある。えっと…えっと…」
「風花落ち着いて……、その……すみません」
「いいえ、全然大丈夫ですよ」

 店員さんは気にしてなさそうに、ニコニコと微笑んでいた。

「私はアールグレイにしようかな」
「え、はや!えっと…えっと…本日のコーヒーとオレンジジュースお願いします!」
「はい、かしこまりました。紅茶とコーヒーはミルクと砂糖はどうしますか?」
「私は砂糖をお願いします」
「──ハッ!?」

 風花が何かに気づいたような顔をすると、渾身のドヤ顔で口を開く。

「コーヒーは──ブラックで!」
「はい、かしこまりました」

 渾身のドヤ顔をするも、店員さんは特に気にした様子はない。……いや、少し頬が引き攣っていたような気もするけど。注文をとり終えると、別の席へと立ち去っていった。

「風花、コーヒーのブラックでドヤりすぎだよ。店員さんに笑われてたよ」
「だって、私達JKだよ!?JKがコーヒーをブラックで頼むんだよ!大人だよ!?」
「まぁ、言いたいことは分かるけど」

 私はブラックは無理。砂糖とミルクは必需品だ。

「やっぱり人には浪漫が必要なんだよ!」
「浪漫……浪漫ねぇ」
(これは浪漫なのかな……?憧れは……ちょっとあるかもだけど……)
「ロマンって、マロンに似てるよね〜。……モンブランも食べたいなー♪」
「流石に食べ過ぎだよ……」

 そもそもモンブランはメニューになかったので、追加注文はできなかった。そんな話をしている内に、店員さんがケーキを持ってやってきた。

「わー!ケーキパラダイスだよー!」

 風花は目を輝かせながら並んだレアチーズケーキといちごムースケーキをスマホで撮っていた。

「シフォンケーキ美味しいよ、風花」

 特に写真を撮ってない私は一足先にケーキを食べる。このふわふわ生地はいつ食べても堪らない。

「もう食べてる!私も食べよー!……はふぅ、こっちのも美味しいー!口の中をうま美ちゃんが駆け巡ってるよぉ」
「誰なのうま美ちゃん……」

 いちごムースケーキを一口食べると、一際眩しい笑顔になる。もう服のストレスは忘却の彼方のようだ。更にレアチーズケーキにもフォークを突き立てる。

「レアチーズケーキも美味しい〜♪あ、シフォンケーキ一口ちょーだい!」

 フォークでシフォンケーキに切り込みを入れようとすると、その抵抗の強さからはスポンジの柔らかさを感じさせる。シフォンケーキを口に入れた風花は今日何度目かの輝きを放つ。

「やばっ!このシフォンケーキ柔らか過ぎぃ!めっちゃ美味しいじゃん!」
「でしょ!ここのシフォンケーキ1度食べてみたかったんだよね!」
「咲も一口どうぞー。どっちから食べる?」

「えーと……チーズケーキかな?」

 レアチーズケーキを一口いただく。

「なにこのチーズケーキ、幸福感が口の中に溶ける……!」
「だよねー!もう、口の中幸せパラダイスだよ〜」

 風花はブラックコーヒーを口にすると、少し顔を顰めたが、意外と大丈夫そうだ。ケーキと一緒だからかな?私も今度試してみようかな……。

「それでお会計は……うっ!」
「風花どうしたの?お会計何かおかしかった?」
「私……1600円」
「そうだよ?セット800円だもん」
「現実が受け止めきれない、お小遣い、残り4000円、まだ12日、お小遣い、もらえない、むり」

 さっきまで幸せそうだったのに気分も体も急降下し、その場に突っ伏した風花。風花はいつも情緒が激しい。

「なんでそんなカタコトなの?」
「そもそも大体なんかおかしいよ!なんでこんな高いの!」
「この美味しさはその値段も納得だよ〜」
「確かにそうだけどー!あ〜、つら美ちゃんが目の前行き来してる……」
「だから誰なのつら美ちゃん……」

 値段にも味にも納得は行くけど不満がないといえば嘘になる、そういうものだ。

「なぜ、値段が上がっていくのに、私のお小遣いは上がらないの」
「当たり前だよ……」

 当然ではある。恐らくは風花のお母さんに直談判しても覆らないだろうなぁ。

「風花はバイトとかはしないの?」
「うーん。したいんだけど、何かすぐ辞めちゃいそうなんだよね」
「そうなの?めっちゃ楽しいって働いてそうだけど」
「風は一ヶ所に留まらないものなのだよ!」

 その場に突っ伏して微動だにしない風花の台詞には今ひとつ説得力の欠けるところである。

「はぁ、お金持ちになりたーい」
「突然だね」

 あまりに唐突ではあるけれど、誰しもがなれるものならなりたいかもしれないとも思う。

「はっ……まって咲。私分かっちゃったかも」 

(わー、もしかしてこれは風花のあれがまた始まったかな?) 

「分かったよ!咲、この世の真理が!」
「風花大きい、話が壮大過ぎるよ……」
「咲!起業だよ!私達2人で起業するんだよ!」
「えっと……風花さん?話がよく分からない……」

 風花は度々、突拍子の無い事を言い出す。昔からの事だから慣れてはいるものの、今回はいつにもまして飛び抜けていた。

「お金持ちになりたいと思ったのなら、なればいいんだよ!だって、世界にはお金持ちが沢山いるんだからなれない訳ないもん!」
「それは…そうだけど……、ちょっと私の話を……」

「そして私は真理に気がついてしまったんだよ、ずばり!お金持ちが出してる本よく見かけるじゃん?これを読めば私達もお金持ちなれる!」
「………………」

 単純というかなんというか……、それでなれれば苦労はしない。

「いや…あのー。それは…難しいと思うよ?」
「私は決めたの!2人でお金持ちなる!」
「私も入ってるの!?」

「当たり前じゃん!私達って言ったでしょ?私1人じゃ出来ないもん。──でも、咲と2人でなら出来る!」
「えぇ……?」

 何の確信があってそう言ってるのかはいつもわからないけれどこうなった風花は正に柳に風、何を言っても止まらない。

「取り敢えず本屋!本屋に行こう!行くよ咲!」
「ちょっと待ってよ!?無銭飲食になっちゃう!!」
「おっといけないいけない」

 支払いはしっかりとしなくてはならない。起業以前の話だった。

「さぁいくぞー!待ってろ本屋ー!」
「待ってよ〜」
「ありがとうございましたー♪」

 支払いを済ませた途端、駆け出して行く二人を店員さんは微笑みながら見送った。

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