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夢Ⅰ(39)

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☆主な登場人物☆

Ж ※ Ж ☆

 二人の間をさわさわと風が流れ、景色を揺らす。まるで切り取られるように、白く輪郭を溶かされた風景は、今では、ときに触れることが出来るほど近くなり。緩慢な光の流れによるものか。ふとすると、リックの一部を切り取っていく。
 恐れや、痛みはなかった。
 ゆらゆらと風に漂う、人差し指と薬指を見つめながら「僕は、待っているのかもしれない。」という言葉が、唐突にくっきりと体に馴染んだ。それは、リック自身から生まれた言葉であったが、そう、あれは池の畔で。蛹男の言葉でもあった。蛹男は、ただただシダからぶら下り、リックの問いに真面目な顔で、答えたのだった。
 リックは、人差し指がひかれるように、ゆっくりと元の場所に戻るのを眺めながら、もう一度「僕は、待っているのかもしれない。」とゆっくりと静かに反芻した。

 となりで《茶色》の影が頷くのが見えたようだった。

 リックの薬指が人差し指の脇に収まり、「あの短剣を見せてくれるかい。」と《茶色》が言う。脈略無く切り出された言葉だったが、リックには予期出来ていたように感じた。右の胸から腰に向けて、袈裟掛けにカチリと固定している手製のホルスターに、自然と手が伸びる。リックが触れると、丹念に嘗めされた柄は生き物の温もりを求め、ひっそりとそこにあった。いつもの、慣れた親しんだ手順を一つ一つ踏み。周囲の靄に侵され白濁した意識が、その瞬間だけ鮮やかに力を持ち。金具から解かれるごとに、刀身の金属が重さを増した。ずしりとした短剣が手元を離れると、軽くなった胸元にリックは、落ち着かなかった。
 短剣の柄を、《茶色》の大きな手がしっかりと握る。
 鋼は、傍らで見つめるリックをよそに真直ぐと立ち上がり、他の風景のように風に流されることなく。意思を持ち一か所にとどまり続けている。
 拳から伸びる刀身を眺め、「よく手入れされている。」と《茶色》は口にした。
 誰に教わったものでもなかった。《青色》と一緒に繰り返した型に似ていて、日々の繰り返しのうちに、あるべき流れを削り出すように、優しさとはまた違った目的を持った暑さを、引き込むような鉱物特有の湿度を刀身から感じるように、「声」として聞こえるわけではなかったが、確かに正しいと、心の落ち着く所作を持つようになっていた。

 対話に似ていた。

 「君が選んだ、この特別な君だけの剣が『あちらの世界』へ繋いでくれる。向こうへは、二人が一緒するから大丈夫さ。」柄の半分を丁寧に支えると、リックの手へと短剣を優しく返し。《茶色》はのっそりと立ち上がった。
 別れのときが近づいていた。
 《灰色》のときのように、《水色》と別れたように。
 選ぶことの出来る別れだった。《茶色》は、この世界に残るのだろう。
 《水色》は、《黄色》と合流できたのだろうか。
 《灰色》は草原を進み続けているだろうか。

 「僕は、無事『力の民』の世界にたどり着けるのだろうか。」

 短剣を鞘に納め、ぴちりと金具を繋ぐ、立ち上がるリックを支えるために《茶色》が手を伸ばしてくれている。今度はしっかりと目を見つめ差し出された手を掴みリックは立ち上がった。

 《赤色》と《青色》は、光の外れで荷造りを終え二人を待っていた。

 

 丸と四角に挟まれた。明日を夢見る三角は。
 流れを失う光のように無限をさすらう永遠と出会う。
 ふわりふわりと風に舞う。
 光を宿す綿胞子。丸く中身は抜け落ちて。
 離れたその手に戻る術無し。


 苔むした祠の前で。もしかしたら、それは、さっきまで休憩していたところから眺めの利くほどの距離だったのかもしれない。光は縛られ、加えて靄に遮られ、周りの景色のように切れぎれの意識の中では、もはや、距離も時間の感覚も曖昧で。リックは、ただ「起きてから何も食べていないな。」と空腹を感じたが、それでいて、何か食べるものを取り出すようなことはしなかった。周囲の空気が静けさを増していた、そよと吹いていた風がやんでいる。祠は、来訪者を待っていたかのように、傾いでも、欠け落ちそぎ削れても。役目を。祠であるということを自体を守っており。リックにもそれがわかった。

 ここは、特別な場所なのだと。

 静かでいて、空気は張り詰めていた、待ち受けていた。それは、祝福ではなく、古い記憶を呼び起こす感覚。思い出したくもない、「海辺の洞窟」で影の化け物と対峙したときにとても良く似ていた。待ち受けるぽっかりとした虚無、それが虚無であるということは体験しないとわからない、肌でしか感じることのできない獲物のための空間に、リックは入り込んでしまっていた。
 言葉を与えるなら「待っていたぞ。」と祠を包む一帯が発していた。逃げ出さなければいけないと、体の内側が強く泡立った。しかし、ここがヌエ達とともに目指した一つの終着点であることを思った。
 四人を見下ろす、祠の上部から延びる異様に丈の長い頭部を前にしても、冷静さを保ち、するすると「引いてはいけない。」そう思った。

 
 そして、やっぱり「僕は待っているのかもしれない。」そう思った。

※ ☆ ※ ☆

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