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忘れられないラストシーン - 映画『パスト ライブス/再会』について


はじめに

4/5(金)公開の映画『パスト ライブス/再会』は数年いや数十年に1本の傑作でした。

3/22(金)~3/24(日)に開催された先行上映で一足先に鑑賞。その鑑賞後の衝撃と余韻が今でも残っています。

批評的な文脈以上に、あくまでも私的な経験に深く触れたがゆえであることを断りつつ、感想を書き連ねます。


1. 過去の「切ない系ラブストーリー」作品

せつなさが溢れる大人のラブストーリーの最高傑作!

映画『パストライブス』公式HP

本作の宣伝や感想から、「切なさ」という言葉をよく見かけます。
胸が詰まるような切ないラストを迎える作品は多くありますが、近年の作品を挙げるなら、
(以下、初公開年順)

  • 「エターナル・サンシャイン(2004)」

  • 「つぐない(2007)」

  • 「ワン・デイ 23年のラブストーリー(2011)」

  • 「建築学概論(2012)」

  • 「ラ・ラ・ランド(2016)」

特に「建築学概論(2012)」については、本作「パスト ライブス(2023)」とス
トーリー構成もかなり似ています。

建築学概論(2012)

しかし、本作はこれらの「切ない系映画」にはなかった新しい視点かつ、その先へと到達している作品であるといえます。

まだ未鑑賞の方は、ぜひ本作のストーリーを見届けてからこの先をお読みください。


2. 恋愛映画に対する批評としての『パスト ライブス』

※以下、作品のネタバレを含みます

Past Lives(2023)

恋愛映画におけるストーリーテリングには3つあると思っていて、

  1. 最後はめでたく結ばれるハッピーエンド系

  2. 両思い(片思い)だったけど結ばれなかったビターエンド系

  3. 結ばれた2人が別々の道を選択するグッバイエンド系

この3つには「救いが無い」という共通の問題があると思います。
どのパターンにおいても観客に、現実逃避させるか、過去の記憶を刺激し感傷に浸らすだけで、現実の「恋愛」に関して結局何も語っていなかったのではと感じていました。

しかし本作では、西洋的価値観の自由恋愛に東洋的価値観を持ち込むことで、現実の「恋愛」あるいは男女関係に焦点をあてて語ることに成功したのではないかと考えています。

ロマンチックなシーンやドラマチックな展開は排除し、淡々とこれまでの24年間が描かれていきます。
だからこそ何気ない日常という現実の中で、巡り合った「偶然」あるいは「縁」が際立っているわけです。

そしてこれらが私たち人間には到底コントロールできないものであるが故に、観た人にとっての救いになるのだろうと思います。
それは、2時間の現実逃避による離脱症状もなければ、感傷に浸り問題を先送りするものでもありません。

また家族関係・兄弟関係・友人関係などのいくつかの人間関係のなかでも、夫婦の関係だけは他とは違う性質のものであることを逆説的に証明している作品であるとも感じました。

そういった意味では、結ばれなかったヘソンとノラの関係がロマンチックに映り、結ばれた

リベラルなイメージのあるA24が、こうしたある種の保守的内容を含んだ作品を配給していることがとても興味深かったです。


3. 印象に残ったシーン

Past Lives(2023)

本作はニューヨークを舞台に、35mmフィルムの感傷的なルックが印象的で、ニューヨーク派写真のソールライターを思わせるカットなど、表には出ない都会の人々の内面を映し出そうとする画づくりを試みるなど、さりげなくも確かな演出・画面レイアウトが多かったと思います。
その中でも印象的だったシーンを紹介します。

a. メリーゴーランドにて

Past Lives(2023)

過去にさかのぼるかのように逆時計回りに回るメリーゴーランドの前で会話する二人。
「なぜ12年前、私を探したの?」と問うノラに対して、最後まで「好き」という明言をしなかったヘソンにとても好感を抱きました。すでにノラには素敵な結婚相手がいると知っているからこそ、過去から今に通じる思いであっても好意を伝えるということは決してしなかった。つらくも彼らが過去から少しずつまた一歩前へ進んだシーンだと思います。

b. オモテとウラ

アーサーとノラが、ヘソンについて会話するシーン。さりげなくも上手いなと思いました。
カメラに映る姿と鏡に映る姿で、その人物の外面と内面を表現しています。
アーサーが「彼(ヘソン)は魅力的なの?」と尋ねるシーンから始まりますが、基本的に発話者がカメラを向くようになっており、話を聴く人物は鏡越しにその様子を見ることができます。

例えば、ここで鏡に映るアーサーの姿は、後ろ姿であることから本音(不安)を隠しているよな印象を感じさせます。

Past Lives(2023)

その会話の流れでお互いが向き合い、ノラがヘソンについてに話す場面においては、鏡に映るノラは後ろ姿であり、こちらもどこか本当の心の内(ヘソンへの想い)から背を向けていることが伝わります。
一方で、アーサーの鏡には先ほどの後ろ姿ではなく、顔の表情が映っており、どこか不安や戸惑いといった感情をみてとれます。

思い返すと、このシーンでノラは「彼が好きだったのは、12歳の私だったのよ。」と語るわけですが、ラストのノラの涙を知っていればこそ、この時は自分に言い聞かせるように話していたのだろうと思い、胸が締め付けられます。

Past Lives(2023)

そしてこのシーンでの会話は、終盤のバーでノラがヘソンに「24年前に12歳の私は、あなたのもとに置いてきたの。」というセリフで再び繰り返されます。

2度も繰り返されるこのセリフは、自身の経験を反映し本作を映画化したセリーヌ・ソン監督自身の言葉でもあり、この作品を撮った動機のひとつもここにあるのだろうと思いました。

c. めぐり合う二人、まためぐり合うその時まで

24年ぶりに再会した二人の物語はこうして始まりました。

Past Lives(2023)

しかし、必ず訪れる別れの時。この別れはただの別れではないことを二人は分かっています。ありえたかもしれない未来すべてとの別れであることを。画面上を右から左に移動することで、下っていく感情や不安な未来などを観るものに植え付けますが、ここでもそれを利用し、観客につらい結末を暗示させています。

Past Lives(2023)

最後の別れの時。24年ぶりの再会の時とお互いの立ち位置が反転しています。まさに二人がすれ違いそして交差し、別々の道を歩みだす予兆を感じさせます。
このシーンは本当に息をするのも忘れるほどの緊張感でした。「もしかしてこの二人が結びつくのではないか」という微かな希望を抱く自分の思いに気づきながらも、ヘソンが一瞬まえに顔を寄せそうになった瞬間「いやそれはだめだ!」と心の声同士が葛藤してしまいました。

Past Lives(2023)

別れを告げノラは帰路につきます。左から右へと移動することで、観るものに上昇感や希望を感じさせます。また、窓灯りによって画面の色調が先ほどよりも明るくなっています。

ビターエンドでありながらもこうした演出やレイアウトが、爽やかな風を感じさせるラストの一助になっています。

Past Lives(2023)

しかし、このシーンはあまりにもつらかったです。ですがノラには待っていてくれる最高のパートナーがいるのだと温かい気持ちになれました。ここまで観た観客でアーサーを嫌いになる人などいないでしょう。つらくはあるものの、まさに階段を登っていくごとく未来に歩み出したのだと感じることができました。

Past Lives(2023)

そしてヘソンもノラと同じように左から右へと移動し、未来へ進みだします。かつて24年前にノラと最後に遊んだ帰り道のようにまた出会う日を思っているのかもしれません。しかし、それはまたいつかの別の人生でめぐり合う日を。

Past Lives(2023)
Past Lives(2023)

最後に

ふたりの間には、“縁”としか呼べないような繋がりが確かにある。『パスト ライブス』は、伝統的な意味でのロマンスというより、愛についての物語ですね。

SPUR セリーヌ・ソン監督インタビュー

恋愛映画で描かれるのは基本的には、男女間のいわゆる恋愛感情なわけですが、本作ではそれとも違う相手に対するリスペクトと思いやりのような意味での「愛」を描いていることにその真価があると思います。

これは下手すれば嘘くさく、説教くさくなりかねませんが、それを見事に描き切ったと思います。

私にとってこの作品は特別なものになりました。
まさか恋愛映画が私の生涯ベスト級に入るとは思っていませんでした。(普段あまり見ないので。)
忘れられない思いがある人にとって、この作品が大切な一本になれば良いなと思います。

そしてセリーヌ・ソン監督はこれが初監督作という点も驚きです。
次回作が楽しみです。

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