見出し画像

【Phidias Trio vol.6】 ジャチント・シェルシについて

Phidias Trio vol.6 "SOLOs ―ジャチント・シェルシの軌跡”を開催します。
https://phidias-vol6.peatix.com/

今回は公演に向けて、ジャチント・シェルシ(1905-1988)の生涯とその創作について紹介いたします。

ジャチント・シェルシ ― 東洋と西洋の狭間で

東洋の神秘主義、神と地上世界との仲介者、精神の破綻、そして即興演奏と「共同作曲」――、数々の印象的な言葉でこれまで形容され、その生涯と思想を紐解こうとしても作曲家の人物の核にたどり着けない、これほどまでに謎めいた作曲家は、かつて存在していたでしょうか。

ジャチント・シェルシは、その突出した個性と作風で、後世に多大な影響を与えた、20世紀のイタリアの作曲家です。

1905年に貴族の家庭に生まれたシェルシは、幼少期は一族で古城に暮らし、家庭教師から中世的ともいえる、一般社会から隔絶された教育を受け育ちました。幼い頃から音楽に親しみ、とりわけピアノの即興演奏を好みました。青年期にはフランスやスイスなどの諸国を頻繁に旅行し、賑やかで国際的な、知的文化交流の場に身を置きます。また、エジプトへの旅は、シェルシにとって、非西洋的な概念に基づく音楽とのはじめての出会であり、その後の東洋思想へと傾倒していくきっかけとなりました。


スクリャービンの作風に近い作曲家、エゴン・ケーラーから作曲の個人レッスンを受け、その後、ウィーンの作曲家、ヴァルター・クラインのもとで十二音技法を学びます。シェルシの創作初期といえる、1930年代から40年代かけての作品群には、この頃の影響が色濃く反映されています。

ピアノでの即興演奏に基づく創作が中心であり、ピアノという楽器への徹底的な探求が特徴です。しかし、当時用いていた西洋的な作曲技法は、内在する自身の音楽的欲求とは相入れず、新たな作曲方法を模索していくことになります。

第二次世界大戦中、避難先のスイスで創作活動を続けていたシェルシは、終戦後、東洋と西洋が交差する場所としてローマに居を構えました。ローマは、古くから西洋と東洋の文化が交差する場所であり、「仲介者」としての自分が身を置く場所としてふさわしいと考えました。

シェルシは、自らを「仲介者」という言葉で表現しました。

彼の役割は、神のような存在と地上世界とを結ぶ媒介者であり、音という現象を通してその姿を現す、口寄せのようなものだったのです。そのため、彼はトランス状態での即興演奏を録音し、テープから楽譜へ書き起こす作業は、他の作曲家に依頼するという、極めてまれな作曲方法を取りました。生前、イタリアの作曲界で秘密裏にされてきた、この「共同作業」は、彼の死後、共同作曲者の暴露という形で発表され、物議を醸すことになります。

シェルシは1940年後半から、精神の危機的な破綻をきたし、いっそう、詩や視覚芸術、東洋の神秘主義や秘教への関心に救いを求めるようになります。1948年から50年初頭にかけて、作曲上の断絶が見られるのは、彼の精神的不調が一因しているとみられます。

精神病院での数年間の療養中から復帰したシェルシは、これまでの作風から一転し、限られた音による反復を多用した創作を精力的に行います。療養中のサナトリウムのピアノで同じ音を叩き続け、同一音の変化に耳を済ませているうちに、不治の病といわれた精神病が回復に向かったという逸話が残されていますが、真意の程は定かではありません。しかし、この療養期間が作風の変化への何らかのきっかけとなったことは、その後の作品から推察することができます。

シェルシの創作の礎となる即興演奏においては、これまで使用していたピアノに代わってオンディオラという楽器が使用されます。

現代のシンセサイザーの先駆けである、オンディオラ(あるいはクラヴィオリン)という楽器は、持続音且つ微分音が出せる電子楽器です。この時期は、非常に魅力的な器楽独奏作品が多作され、それぞれの楽器のもつ可能性への探求の痕跡がうかがえます。


参考文献
長木 誠司『前衛音楽の漂流者たち―もう一つの音楽的近代 』、東京:筑摩書房、1993年。

Fondazione Isabella Scelsi. http://www.scelsi.it/ (accessed July 11, 2022).

Liner notes ‘The Ritual of the Fingers: The Tactile Experience of Scelsi’s Music’, CD ’GIACINTO SCELSI, Works for violin and for viola’, Marco Fusi (Violin and Viola), KAIROS, 2021.


公演詳細

Phidias Trio vol.6 "SOLOs ―ジャチント・シェルシの軌跡”

2022年7月16日(土) 15:00開演(14:30開場)
KMアートホール  (東京都渋谷区幡ヶ谷1-23-20 京王新線幡ヶ谷駅より徒歩6分)

Program
ジャチント・シェルシ:
Divertimento No. 3 for violin (1955)
L'âme ailée for violin (1973)
L'âme ouverte for violin (1973)
Preghiera Per Un' Ombra for clarinet (1954)
Ixor for clarinet (1956)
Four Poems for piano (1936 -1939) より No.1
Four Illusrations for piano (1953)

出演
Phidias Trio (フィディアス・トリオ)
ヴァイオリン: 松岡麻衣子、クラリネット: 岩瀬龍太、ピアノ: 川村恵里佳

チケット
一般 3,000円 / 学生 2,000円 (当日券は各500円増し)
販売ページ →  https://phidias-vol6.peatix.com/

お問合せ phidias.trio@gmail.com

主催: Phidias Trio
文化庁「ARTS for the future! 2」補助対象事業


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?