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余裕と自己防衛。

 386回目です。φです。

 梅雨入りしたのかなぁ。雨は降らなかったけれど、湿気のすごい1日。おかげで頭が大爆発です(笑)

 梅雨って不思議です。空気中に含まれる水分量が増加することによって湿気は発生する、なんて知っているけれども。それでも、目に見えないのにじめっとしたり、匂いが変わったり、変化がたくさんある。不思議です。

 空気は見えなくて当然だけどね~それでも自然って不思議です。

 さて、今日は緊張した世界って嫌だなぁ、ということについて書いていこうと思います。ゆるゆるもどうかとは思うけれども(笑)


 少しずつ国が再出発の兆しを見せています。経済活動が再開した。油断はできないけれどもね。

 そうは言っても、ワクチンも薬も「これがあれば大丈夫!」ってものはまだ使われていません。アビガンとかレムデシビルとか、これから使われる薬はあるけれども。予定では。

 これらの薬は副作用が問題視されていますね。どうなることでしょう。

 なので、「わぁいお外だー!外食だー!元通りー!」ではない。あくまで感染者数がある程度抑えられつつあるから、今があります。

 ほんと、医療関係者の方々、エッセンシャルワーカーの方々、そして子供たちを支えてくれる方々、などなど、感謝しかできません。ありがとうございます!

 割合的に言ったら少ないだろうけれど、すっかり油断する人もいるとは思います。ちょっと油断する人もいるかも。どのくらいからが油断と言うのか、私は定義できませんが。

 さて。…自粛警察、自粛ポリス。色々と名前はあるかもしれませんが、まぁイメージはつくことかと思う。「自粛してない!」というクレームというか、過度な反応をするというか。

 私の家にいるんですよねぇぇぇぇ!!!2人も!!

 私と母親はlineをしているのですが、いや正直言うともうブロックしたいのですが、自粛警察されています。私に対してじゃないけれど。

 誰かがSNS上にあげた写真をトーク画面に貼り付け、「自粛してない!」と…おかげで、私はトーク画面が見たくない感じになっています。日頃から見たくないのになぁ(笑)

 それで済むかと思ったけれど、顔を合わせてもその話題。「自粛してない!」は1日に何度聞くことでしょう。lineも返信しなかったらお怒り。わぉ。

 「そんなに嫌になるのなら、気に障るのなら、見なければいい」と言ったところ、「そうだね!放置放置!」と言った数時間後にlineに写真が貼られて「自粛してない!」のメッセージが送られてきました。「そうだね」って意味、私が誤解してたのかな…辞書で調べよう。日本語は暗に示すものが多いからね…。

 そんなこんなで、俗に言う自粛警察と住んでいます。ちなみに、父親はコロナとインフルエンザを比較するタイプで手洗いすらしない人ですね。何この家。

 一言で言うと、正反対なコロナへの考えを持っている人たちが同じ空間に生きている訳で。色々と目にするものがあります。

 それらを見て、私が思うこと。

 自粛警察。正義感の元にやっているのかな、誰かの安全を気にしているのかな、と思うこともありました。Twitterのリストでこの単語を見たとき。「危ないから手を洗って!」「外食は控えて!」みたいな。

 しかしながら、結構な感じに「誰かが楽しそうにするのが憎い」みたいな心を持っているように感じます。私が見たのはニュースに出ている人、そして家の人間だけですが。ソースが少なすぎるから、私の主観に偏っているとは思います。

 「こっちはこれだけ我慢しているのに!」という思いが強くて、当たりが強くなるんだろうなぁ。自分は自粛しているのに、なんて身勝手な。感染が広がったら、自分のエリアに来たらどうするんだ、という思い。楽しそうにしていてズルい。そうとも言っていたし、見ていて思った。

 他の理由や考えももちろんあると思います。あくまで私の考え。

 自粛を続ける上では、「なぜ自粛しなければならないのか」「最終的に何を抑えようとして自粛が要請されているのか」という理由を明確にお知らせしておかないといけなかった、と私は思います。もしかしたら、知らせたかもしれない。けれど、伝わっているか否かは…私は否、だと思うなぁ。それか忘れたか。

 なんというか、人って自分が一番なんだなぁ。と思う。緊張した期間が続くと、特に目に見えてくる。自己犠牲的過ぎても良くはないと思う。けれど、余裕がなくなった状態だと、保身と言うか、自分が大切、自分に迷惑をかけるな、という雰囲気が出てくる。そう感じる。

 最前線に立って戦ってくれている方々、それを支えてくれている方々の大変さを知ったら、自粛の目的を考え直せるのかなぁ。自分が不満を抱いている、けれど命がけで働かなければならない人たちがいるということを知ったら、何か変わるでしょうか。自分が感染したら、どうなるか分からない、感染リスクは一番高い、そんな状況であっても働かなければならない人たちを見たら。

 それはそれ、これはこれ。そう考えるだろうか。自分はその仕事に就いていない。関係ない、とか。

 ううむ、あり得そうだ。

 反対に、自粛警察から取り締まられそうな人を観察してみた。なんというか、完全に知識がない。「自分は基礎疾患がない。手洗いしたら良い。風邪と同じ。」という考えが根本にあるみたい。

 私の家は基礎疾患がある人、高齢者、そして難病の人がいるんですけれどもね。自分は何もないから大丈夫、だそうです。おやおや。

 「楽しくない毎日なんて嫌だ。」という考えから、普通に土日は外出する。「それって…ええ…?」みたいなことをしています。そして手洗いしないときもあるし。

 自分は大丈夫。自粛なんて阿保らしい。感染しないようにしたらいい。

 自分がもし感染をしていたら?という考えはないそうで。講習受けているのに、知識って身につかないのか…と若干私は思います。まぁ、講習は受けてどう考えるかは本人にゆだねられています。残念ながら。

 さてと。どっちにしても、「自分」が中心にあって、それが枝分かれした結果が自粛警察になるか、自粛警察に取り締まられる側になるか、になるのかもしれない。

 ほぼ同程度の情報を与えられていても、私の家の場合二極化している。ある程度価値観が似ていても枝分かれはする模様。

 余裕をなくしたら、こんなにも人って変わるんだ。私はそう思う。いかに余裕が人間を理性的にさせていたかを見せつけられているように思えます。

 いつもは許せる、見逃せる人の行動を許せない。見逃せない。攻撃的になる。恨む。憎む。敵意を表す。

 もちろん、余裕を失っていない、冷静な人たちだっていると私は思っていますし、大多数は多少なりは影響を受けていても余裕を保っていると思う。だからこそまだ崩壊的なことは発生していないもの。

 大変な時期だと思います。経済的にも、精神的にも、肉体的にも。変わってしまったことを長期間受け入れ続けることって難しいです。負担になります。

 この先が、明るいものであることを祈るばかりです。もし今疲れている方がいらっしゃったら、少しメディアから離れて自分のための時間をたっぷり取るとか、自分を疲れさせているものからできるだけ距離を取ってほしいな、と思います。自分を大切にして。

 今回は私の考察みたいになってしまいましたね~(笑)

 人間観察が趣味なもので、非常時に人はどう動くのか、というテーマで観察と考察を続けます。そうでもしないと私暴走する(笑)

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