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「丁寧に生きる」ことは、日々を激変させる行為が必要でもなかったりする

りあです。「丁寧に生きる」ということは、生活の質といいますか、心を穏やかに、豊かにするためにはマストだなぁと気づきまして。どんなことでもいいんです、とにかく「丁寧に生きる」ことはクオリティを上げる。

私は「ほっとする時間を作りたい」とかいつも思っているのに、カフェに行ったらコーヒーを急いで飲み干し、さて次のところへ…という日々だったり。(と、いうのも…私は母親と行動することが多いため、せかされるのです気持ちが)

家でも「ゆっくり食事の時間を取りたい」と思っているのに、「早く自分の部屋に戻りたい!」という焦りの気持ちを持ってしまい、ささっと終わらせる。食べたらすぐに立ち上がって食器を洗う。

特に食事がスローな私は、常に「食べるの急がないと」みたいな気持ちを持ってしまうのです。内心焦っているけれど、多分見た目は「のんびり噛んでるな~」程度だとは知っているのですが。私はとても遅いのです食べるの。自分でも毎日驚いてる。

そんな食事が超スローな私。イタリアに行ったときには「こんなにのんびり楽しめる食事スタイルがあるなんて…」と感動しました。誰もがゆっくりと食べていて、食べながら会話をするからさらにゆっくり。食べ終わってもテーブルに集まったまま。のんびりしゃべって、笑って、気が済むまで交流を楽しむ。

夕食の終わりが22時過ぎたのは驚きましたが。「いつまで食べるの?しゃべるの?え?」と、スローな私ですら焦りましたもの(笑)

しかしながら、あの「ゆっくりとした時間を楽しむ」という行為は、なんとも私の心を癒しました。「満たされたな」と感じさせました。「いい日だなぁ」とも、しみじみ感じた。

「これが『丁寧に生きる』ことで得る気持ちかぁ」と思ったものです。

そして今日、私はカフェで久しぶりに「丁寧に生きる」ことの大切さを実感した。山の近くにあるカフェで、見晴らしが最高。もう森しか見えない。花とかじゃないんです、ひたすら緑の森。森に住みたいくらい森好きな私にとっては最高の場所(笑)

頼んだのは紅茶。ティーポットに入って提供されたレディ・グレイ。ティーバッグどぼーんなものじゃなくて、ちゃんと茶葉がティーポットのなかで泳いでいるタイプ。時間は砂時計で計って、上の黄色の砂がなくなったら飲み時。

私は家でも紅茶は飲みますが、超雑。もう雑としか言いようがないくらい雑。ティーバッグどぼんは当然、どぼんしたままも当然、紅茶の色がまさにブラック・ティー、しかもタンブラーに入れちゃうから香りもあんまりしない。もう「カフェイン摂ってます」感しかない、ティータイムもへったくれもない、ただ「紅茶を飲む行為をした」という事実だけが残るようなもの。

正直ね、自分でも嫌なんですよこの雑さ。なら変えればいいじゃないって思うでしょ。私もそう思います(笑)

最近はようやく時間を守って、ティーバッグをお湯から救い出す行為を始めました。味が全然違いますねおいしい(当然)。タンブラーも蓋を取るようにしました。ちゃんと紅茶臭が香りますねおいしい(当然)。

私の見るも聴くも哀れなティータイム@ホームはさておき。森のカフェでのティータイムの話題に移動しましょう。

ちょっと霧がかった森を見ながら、ティーポットから紅茶を注いでティーカップで飲む。のんびり外を眺めて、紅茶の香りをかいで、ゆっくり味わう。なにかをやらなきゃ、と焦る気持ちも無しに、ただただ紅茶と景色を満喫する。

なんてない時間だろうに、とても「満たされたなぁ」と思えたんです。たった15分くらいしか滞在しなかったけれど、それでも「満たされたなぁ」「ゆっくりできたなぁ」と思えた。

きっと、毎日15分くらいでも、私たちは心を安らげることができると思うんです。丁寧に、たったひとつのことをやるだけで。自分と自分が行っている行為に意識を向けて、ほかのことに頭を働かせない。ただこれだけでも、きっと心は豊かになる。

まぁ、私のような「静かな時間こそ自分を癒す」と確信しているタイプの人にのみ当てはまることだろうけれども。多分ジェットコースターに乗ることで「癒されたー!満たされたー!」って思う人もいることでしょう。大勢とパーティーで踊ることで「満たされたー!」と感じる人もいるでしょう。価値観は人それぞれですから。

私のようなタイプの人は、ちょっとだけでいい、自分のための時間をとって、「丁寧に生きる」ことを意識してみてください。それを通して、自分を大切にしてください。

Have a tranquil day


今日のカフェで飲んだレディ・グレイ。おさげの子はティーポットカバー。かわいいでしょ。

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