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「自分を休ませる練習」(矢作直樹さん著)を読んで、私が決めたこと。

りあです。なんだかんだで休むのが下手なんだよなぁと、私は自覚があります。メンタルもフィジカルも。

”「ほどほどに」ができないシンドローム”にかれこれ十数年以上罹っております。大変。超長患い。

みなさまは、しっかりとお休みできているでしょうか。自分なりの「これをやったら、絶対に回復できる!」「リフレッシュするにはあれだ!」みたいなものを持っていらっしゃるでしょうか。

そうであってほしいなぁ。回復とまではいかなくても、「明日も頑張りますかー」と思えるような、趣味を持っていてほしい。

私はですね、「メンタルがやられている…!よし、筋トレだー!!」とやってしまうんですよ。結果フィジカル面で大打撃を自分自身に与えるのです。これぞ自爆。

かれこれ20年以上のお付き合いのある担当医からは「痛みが分からないんだから、筋トレやめよう?ピラティスでいいでしょ?ヨガやって仙人になりたい?いやいやヨガとか絶対体痛めるまでやっちゃうからやめよう?」と言われています。

そう言われると、どうやっても「よぉしやってやるぞ」となってしまうのが私のサガ(真似したらいけません)。明日の自分に「私はよくやったよ…」と言い、昨日の自分に「私は貴公に勝った!」と言うために。私はやってしまうのです、超ハードな筋トレとかHIITとかカーディオとかヨガとかを。

私ももう30歳なので、これからはやめていこうとは思っています。せっかく壊死もせずに機能不全にもならずに折れもせずに、四肢が残っているのだもの。大切にしてあげたい。どの口が言うかって感じですが。

まぁ、そんな具合に私は休み下手(というか積極的に自爆している)ので…「休むための方法を学ぼう」と心機一転、頑張っているわけです。

そういう流れで、今日はこちらの本を読み終えました。「おおー」とか心の中で言っているうちに、あっという間に最後のページに辿り着いてしまった。矢作直樹さん著、”自分を休ませる練習”。

一言で言うとですね。「頑張り屋さんってたくさんの人から言われるけど、自分はそうは思えない」という人にこそ読んでいただきたい。というか「なんだか…毎日…疲れてる…」という人ももちろん読んでほしい。

ネタバレは避けたいので、私が実践していこうと思うことをつらつらと書こうと思う。


ひとつ目。「空を見たり、植物を見たりしながら、ぼーっとする時間を作る」という決意をした。

私は空を見るのが好き。私の自室の天井は空の壁紙。小学生の頃に、私はこの壁紙を自分で選びました。どんなときだって空が見たいから。

しかしながら、私は空を直視はできないんです。あんまり。眩し過ぎて。だからいつだって、サングラス越しの空しか見えない。青空の日は、「真っ青で、絵に描いたみたいな空があるんだろうなぁ」と心が少し踊ります。

必然的に曇り空ばかりを直視するようになったので、曇り空さえ私は愛します。雨の日の空も好き。ちょっと薄暗くて、それが少し安心できる。

そんな「空が好き」な私。最近は気ぜわしいというか、余裕がないというか。「それをやるなら別の、生産的なことをしないと」と思ってしまうというか。

そんなこんなで、空をあまり見ていなかった。ただ空を見て「空だー」と、のんびりするのが好きだったのにね。

いつまで空が見えるかなんて、この先何回空が見えるかなんて、誰にも分からない。だからこそ、好きな空を見て、ぼーっとする時間を取ろうと思う。ぼーっとすることこそ、人の心を安らかにするものらしいので。


ふたつ目。「身体からの声を聞く」という決意。

私たちの身体は機械じゃない。毎日変化するもの。自然界に合わせて、身体は毎日微妙に変化し続けている。

雨の日はちょっと不調になったり。晴れの日はなんとなく良い気分だったり。ちょっと寝不足になったら、寝不足じゃないときに比べてパフォーマンスが落ちる。そんな感じに、私たちの身体は変化しています。

残念なことに、私たちはすーぐ身体からのSOSや悲鳴、警告を無視できてしまう。「まぁ、ちょっとくらい無理しても大丈夫だろう」みたいなものが積もり積もって、いよいよダメになるってときにようやく気づく。はい手遅れ、になってしまう。

まぁいつも手遅れ状態寸前になっている私がそう書くのもあれですが。

ヨガや瞑想をする人にとっては馴染みのある言葉「ボディスキャン」を毎日しようと私は思います。「今日の首はどうかな、膝は?脚は?心は?」、そんな具合に、じっくりじっくり自分の身体と心に向かい合おうと思う。

あんまりにも素敵だから、2か所だけ抜粋させてもらいます。

からだはこの世での借り物。
いつか返す日まで、
大切にする。

「自分を休ませる練習 しなやかに生きるためのマインドフルネス」46ページ

無理をする、
頑張りすぎる。
そんな生活は変える。

「自分を休ませる練習 しなやかに生きるためのマインドフルネス」50ページ

自分自身をまるごと愛して、幸せにするには、身体と仲良くならないとね。


みっつ目。最後。「今を楽しみ、自分が主人公の人生を楽しむ」という決意。

決して、享楽的に生きるという意味ではない。刹那的な楽しみのために、すべてを捧げるわけでもない。自分だけが幸せに生きればいいと願うわけでもない。

ただ、「未来のために我慢」や「過去を悔い改めるために生きる」とかはやめる。「今この瞬間を、最大限に味わおう」とか、「今会える人に会って、できることを楽しもう」とか。

そういった具合に、「今」に焦点を当てて生きたい、と思うんです。多分それが追々「あのときは必死になって、楽しかったなぁ」みたいになるのでしょう。

そして、自分が主人公の人生を歩む。これは大事。私は「20代は全人生の中で『苦労した!』と言い切るくらい苦労する」を目標(?)にしていました。「若い時の辛労は買うてもせよ」ですよ(笑)

だから、自分の親の親(つまり私の祖父母)の介護だってやった。20代で介護って…えええ…って思いましたよ。自分の時間をたくさん使ったし、やりたいこともできなかった。正直半泣きでしたよ、介護する母親を手伝っているのに、母親からは介護に関する文句を毎日数時間聴かされるし。

今振り返ると、「いやー、私20代にして『老人ホーム入居までのあれこれの実体験を語れますよ』とか『老人用おむつにかかった費用は役所に申請すべし』とか言えるって、なんて経験値豊富なのー」とか笑いながら言えます。聞いた相手が笑えるかどうかは分からない、相手のユーモアのセンスに任せますが。

「なんか自分が主人公じゃないよねこの人生」を歩んだからこそ、私は決めます。「自分の人生の主人公は私」と胸を張って言える生き方をするって。

いいんですよ、そんな感じで。「周りのことを考えて~云々」みたいに言ってくる人がいたって。人生一回きりなんですよ。一回くらい、自分が主人公になったっていいじゃないですか。


さてさて、私はこの本ですごーく「明日からの私、なんだか違う世界を見られそう」と思えました。読み終わったときの「休みながら生きていこう」と自然と思えたこと。これは私にとっての、驚くべき体験といえるでしょう。私にとっての「驚く」という行為が「わぁ」くらいのゆるーいものだったとしても。

休ませることだって、練習が必要。毎日練習して、マスターとかマイスターとかになってやろうじゃないですか。

Have a comfy day.

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