「成熟と喪失」を読んで

良い本だという噂を聞いて読みました。今までで読んだ文芸批評の本で一番面白かったです。

戦後日本人の葛藤や心情を戦後小説は家族関係で描写しました。

主人公はだいたい子供の視点から恥ずかしい父親と優しい母親を描きます。それはおそらく敗戦国日本の一員としての恥ずかしさとそれを共感して守ってほしい依存心の表れになっています。

父親は元々威厳を兼ね備えた権威として自分の人生を意味づける存在だったものの、敗戦をきっかけに恥ずかしい存在になり、その父親を乗り越えることこそが子供のミッションになります。そして、父親を乗り越えるためには家族を出て都市に働きに出ていかなくてはいけないので母親との別れも意味します。

そうして、父親の権威にも母親への甘えも不在になり、自分を意味づけてくれるものが何もない状態で、自分の人生がただ生きている事実としてしか受け入れられない不安がついて回ります。それはおそらく戦後日本人が敗戦した恥ずかしい日本を乗り越えるために共同体(母)を飛び出して、人間的な生というよりも機械として労働するだけの人間になっていく姿を描いています。

自己選択的な共同体(=社会)では父親や母親のような自分を外側から意味づけてくれる存在がいないので自分で意味を作り出していかなくていけないのですが、その役割を果たすものが資本主義に浸かることでしかなく、自分の実存を見つけるために競争社会を肯定しないと生きていけない必死さみたいなものがあったんだと理解します。

まとめると、戦後日本は父もいなければ母もいない、ただバラバラな個人が意味を見つけられずに、家というモノを肥大化させることにしか価値や意味を見出しづらかった時代と総括できそうな気がします。

しかし、資本主義社会にどっぷり浸かって、もはや自分の生を満足させるだけの欲望を簡単に満たせる時代になった時に、モノを肥大化させることにも価値や意味を見出せなくなることが想像できますし、実際にそうなっています。そんな時代の文学が家族をどう描くのかを見てみたいなと思います。

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