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エイハブの六分儀

今月の星空案内
 
暑さはまだまだ続いていますが、朝夕の風と雲にふと秋の気配を感じられるようになってきましたね。9月22日(日)は秋分、太陽が沈む時刻も少しずつ早くなり星を楽しむ時間も伸びて、実りの季節が訪れつつあります。温暖化の影響で、夏か冬しかなくなるという様相もみせつつありますが…
 
今頃の一番星は、宵の明星金星です。日本語で「星」と呼んでいる中で最も明るいのですが、自ら輝く星ではありません。惑星は太陽の光を反射して輝いていて、その反射率をアルベドと呼びます。金星は濃硫酸の雲に覆われていて、アルベドが78%です。地球は30%なのでそれに比べると、太陽光を多く照り返してあの黄金の輝きを見せているのです。また金星は、地球の内側を公転しているため太陽の近くにしか見えず、夕方の西空の宵の明星か、あるいは明け方の東空で明けの明星としてしか見ることができません。夕焼け空に輝き始めた金星を見つけられた時には、親しい友を見つけたような気持ちになります。

宵時から東の秋の星座みずがめ座に見つかる惑星が、土星です。来年は真横から眺めることになりリングが見えなくなる環の消失という現象を迎えます。8日(日)にちょうど太陽とは反対側に位置するとなりますので、0.6等星の明るさで輝きます。消失直前のほっそい環を望遠鏡でのぞいてみましょう。
9月17日(火)中秋の名月です。が、今年は翌日の18日が満月となります。必ずしも中秋の名月で満月とならないのは、月の軌道が楕円で月自体も複雑な動きをするからです。満月前の月は小望月(こもちづき)と呼ばれ、古くから日本人に愛されてきました。その夜、すぐ近くに土星が寄り添いますので意識してみてください。月の光にかき消されないかどうか、探して頂きたいと思います。
また、明け方近く明るい木星と赤い火星が、ただでさえ派手な冬の星座に加わっていちだんと賑やかですので早起きした際には東に注目です。月がお邪魔するのが、9月24日(火)に木星ちかく。9月26日(木)は、月とかすかな火星とのランデブーもお楽しみに。

『星降るお月見2024』(2024年9月17日開催のご案内)

宵時はまだ夏の星座たちが、夜空で見つけやすいですよ。頭の真上あたりに夏の大三角を描くのが、こと座ベガわし座アルタイル、そしてはくちょう座デネブです。
ベガとアルタイルを折り紙の線と考えて、デネブを反対側にパタンと折りたたむとそこに2等星が見つかります。ラースアルハグェ、へびを持つものの頭という意味の星で、へびつかい座の頭の星です。死者をも生き返らせてしまうほどの名医アスクレピオスの姿。巨大なへびを抱えていますが、別の星座のへび座は西と東で二分割されている珍しい星座です。ラースアルハグェのすぐ西となりにも2等星、ラースアルゲティも見つかったら、そこから頭の真上の方に視線を移すと、淡い星々で少しゆがんだHという文字を結べるでしょうか。それがヘルクレス座です。ギリシャ神話に登場する英雄ヘラクレスはひっくり返った姿が描かれています。いくつかの星座名はラテン語よみでヘラクレス座ではなくヘルクレス座、細かいですが固有名詞なので割り切って覚えてしまってくださいませ。
 
ところで、ベガが織り姫星でアルタイルが彦星。七夕の伝説の通り、夏の大三角の真ん中には天の川が流れています。
みなさんは、実際に天の川をご覧になったことはありますか?

星がよく見える場所でようやくわかる白くて淡い雲のような光の帯が夜空を横切る姿は、言葉では形容できない趣きがあります。南半球で天の川を初めて見た時、息をのむほどでひたすら放心状態で見上げたものでした。天の川を切り裂くような黒い暗黒帯も印象的です。そこには星が無いのではなく、ダストやガスがたくさんあって星の光が見えなくなっているだけです。
 
それにしても天の川とは、本当に素敵な呼び名ですね。中国では銀漢とか天漢とよばれ、地上を流れる長江と同じ源から天に流れる川とみなされていました。古代インドでは、象が通る道と考えられていたのだとか。ギリシャ神話では、ヘラクレスが赤ん坊の時にゼウスがこっそり飲ませようとして気づかれ突き放した女神ヘラの母乳とされています。ギャラクシーとはギリシャ語で乳という意味があります。そこから、英語ではミルキーウェイと呼ばれています。
 
天の川の正体がわかったのは、今から400年ほど前のこと。ガリレオ・ガリレイが自作の望遠鏡を向けてみると、そこには無数の星々がひしめき合い輝いていたのです。彼が残したスケッチにもたくさんの星が描かれています。数えきれない星々が折り重なって、白い光の帯を形成していたことがわかりました。
 
太陽のように自ら光輝く星を、恒星といいます。そんな恒星が2千億個以上集まって、大集団を形成しそれを、銀河と呼びます。太陽系も円盤状に集まる星の大集団に帰属していて、その内側から眺めた姿が空の川のように見えているわけです。私たちがいる銀河を天の川銀河とか銀河系といいます。私たちがこの目で見ている星々は、みな同じ天の川銀河を形づくるごく近所の星たちだけ。宇宙には、銀河が2~3兆個以上あるといいますから、私たちはつくづく気の遠くなるような果てしない広がりをもつ宇宙に生きているんですね。
 
その天の川の上をはくちょう座が南の低い空に羽ばたいていった先に、さそり座いて座が描かれています。夏の星座のいて座とさそり座のあたりが、天の川がもっとも深いエリア、銀河系の中心方向を見ていることになります。

銀河の中心には、いて座Aスターと呼ばれる太陽質量の400万倍もの巨大ブラックホールが鎮座していて、まるでこの銀河系を支配しているかのようです。この巨大ブラックホールは降着円盤と呼ばれる見えない光の渦に取り囲まれていますが、同時に垂直方向には巨大なジェットが噴出していることがわかっています。光さえも吸い込んで二度とは出られないというイメージとはうらはらに、吸い込み切れなかった様々な物質を大量に宇宙空間に放出していました。こうして星や生命の材料となるものがばら撒かれ攪拌されて、宇宙はより豊かに進化していくのです。いて座Aスターこそ、銀河系を銀河系たらしめている存在でもあります。普段の生活の中でまったく関係の無いちょっと怖いブラックホールも、実は直接的に深い関わりがあるなんて想像力を働かせてもイメージがつかみにくいかもしれませんね。
 
そんな想像を超えるスケールの宇宙で、端から端まで光の速さで10万年かかるほどの銀河系に、私たちは所属しています。中心からは2万8千光年はなれた少し田舎のあたりのオリオン腕と呼ばれるあたりに太陽系はあり、こうしている今も秒速250Kmという猛スピードで銀河を回っています。1周するのに約2億年かかるといいますから、地球が誕生してから23周ほどしたところでしょうか。進行方向は、はくちょう座とヘルクレス座の方向です。
 
宮沢賢治は、農民藝術概論要綱で「正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである。」と説いています。
そろそろ西へと傾きつつある夏の星座を見上げた時には、銀河を巡る旅にも思いを馳せてみてくださいね。

西 香織
コスモプラネタリウム渋谷「星を詠む和みの解説員」。幼い頃からプラネタリウムに通う。宇宙メルマガTHEVOYAGE 「エイハブの六分儀」で毎月の星空案内を担当。そそっかしく、公私ともに自分で掘った穴に自分でハマり(ついでに周囲の人も巻き込んで)大騒ぎしながらも、地球だからこそ楽しめる眺めを満喫する日々。
コスモプラネタリウム渋谷 https://shibu-cul.jp/planetarium


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