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視線の先(マホちゃん完結)

マホちゃんが男を追いかけ地元を離れたと聞いて数ヶ月が経った。その男に対し少し気の毒な気にもなったが、自分に火の粉が降りかかる事はもうないと何処か安心した。彼女のエミとも良い関係だ。当初は会う度にマホちゃんの話題が出ていたが次第に話も出なくなり、お互いすっかり彼女の事を忘れていた。

そんなある日の事。エミに誘われ、近くのホームセンターへ行く事になった。エミの家で飼っている犬のドッグフードを買うためだ。ペット関連のコーナーを物色し、ガラスケースにいる子犬や子猫を眺め楽しい若者のデート。一通りの買い物を済ませ後は帰るのみ。ランチは何をしようなどと他愛ない話をしながら店内を歩いていた。すると少し先から右に左にユラユラと不安定な動きするカートが見える。此方へ向かって来るようだ。

私達は右往左往するカートにぶつからぬよう、道を開けようとした。何だか迷惑な人だなと2人でカートの持ち主の顔を見る。すると見知った顔だと脳が判断する間に身体が硬直した。
そのカートの持ち主はマホちゃんだったからだ。1メートルほどの距離でマホちゃんと目が合う。私は「しまった」と声に出そうになったがその言葉を静止するように横にいるエミが「マホちゃん久しぶり」と動揺を隠しながら声をかけた。しかしマホちゃんは口をぽかりと開けたまま、視線を私とエミの後ろに向けている。視界に私たちは入っていない。目は見開き険しい表情を浮かべている。私達に対する怒りの表情だったのだろう。その時は勝手にそう思っていた。マホちゃんは私達を無視し(むしろ気づいていない)、店の奥へ向かった。私達はあの険しい表情に恐怖を感じ、急いで店外へ出た。

その日は2人して口数が無くなった。
私はというと、また付き纏われるのではと言う憂鬱感と恐怖がチラつき始めた。その日はランチの気分にもならずお互い自宅へ戻る事にした。そして翌日友人からの電話で起こされる。
「マホが自殺したぞ」友人の言葉に私はしばらく理解出来なかった。マホちゃんは自宅でロープを使い首を吊ったそうだ。彼女はホームセンターで首を吊るためのロープを買っていたのだ。あの険しい目付きは私達など眼中にもなかった。怒りの目でもなんでもない。自ら命を断つ覚悟の目だったのだと。そして私達2人を見もせず、後ろへ向けた視線の先はロープがある工具コーナーだった事も。私とエミは後から気づいた。

男に逃げられた。心を病んでいた。噂が噂を呼んだが、結局マホちゃんの自殺の理由は分からなかった。

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