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映画『ラストマイル』 獣になれない弱者の私たち(ネタバレ感想文)

監督:塚原あゆ子/2024年 日(2024年8月23日公開)

面白かったです。
いや、「面白かった」「感動した」というよりも、「よく練られているなあ」と「感心した」というのが正直なところかもしれません。

いくつか論点があるんですが、ちょっと話が盛りだくさんだったので「安藤玉恵のエピソードいるか?」と最初は思ったんですけど、実はこのエピソードは必要だ、という2つの観点から書き始めます。

まず、監督の塚原あゆ子(<関係ないけど酒豪だそうですよ)。
彼女、デビット・フィンチャー好きなんですよね。
凝ったオープニングなんて、もろフィンチャー。
そう考えると、『パニック・ルーム』(2002年)やりたかったんですよ。
もっとも、フィンチャーはヒッチコックをやりたがってる人ですけど。

もう一つ。
この話に登場する女性たちが皆「強い」んですね。
主人公の満島ひかりはもちろん、石原さとみや薬師丸ひろ子、麻生久美子に至るまで、皆、精神的にも社会的にも「強い」。

ですが、この映画は決して「強い女性」を描くことを主目的とはしていません。
この安藤玉恵は、「社会的弱者」の象徴として描かれているのです。
実際、彼女は母親(と思われる人)との電話で離婚話をし、(貧乏男から)慰謝料なんか貰えない旨を話します。さらに、「(夫の浮気相手の)女から金は取れない」と言い、相手の女も社会的弱者(少なくともセレブではない)であることを匂わせるのです。
そして「親の離婚で子供が迷惑!」と、その矛先が更なる弱者へ向かうことも示唆しているのです。

そうなのです。これは「社会的弱者」に焦点を当てた物語なのです。
『アンナチュラル』や『MIU404』といった野木亜紀子脚本TBSドラマと繋がる話ですが、本質は日テレ『獣になれない私たち』だったのです。

ネタバレになるので詳細は避けますが、この映画のほぼ全てが社会的弱者のエピソードです。
中でも特筆すべきは、火野正平と宇野祥平の禿野ショウヘイ親子の物語。
配送業者の悲哀。良い製品を作っても廉価製品に負けて倒産する会社の悲哀。

ウ野&ヒ野ショウヘイ

ちなみに私、かねがね宇野君の良さを語ってるんですけどね。

ただ、感心するのは、大抵の作家(監督や脚本)は、その主義主張を言うだけで終わってしまう。あるいは主義主張のために映画のトーンが崩れたりする。
ところが稀代の脚本家・野木亜紀子はその主張を伏線にして、きちんと回収する。そういう手腕には「感心」します。まあ、偶然が過ぎるけどな。

宅配業者の悲哀を観ていて、ケン・ローチの『家族を想うとき』(2019年)という映画を思い出しました。

まったく酷い邦題で、原題は「Sorry We Missed You」。
訳すなら「お伺いしましたがご不在でした」でしょうか。
不在通知の決まり文句が本当のタイトル。
社会派ではなく「写実派」だと私は思っているケン・ローチ先生は、市井しせいの人々をまっすぐ且つ冷静に写実し、とっても精神的に痛い、もうAmazonで買い物するのをやめようかと思うほど痛くて痛くて切ない現実を描写するのですが、彼は自身の発言ほど力強いメッセージを映画に込めません。

一方、NHK『フェイクニュース』など意外に社会派の野木亜紀子は、きちんとドラマに組み込んでエンターテインメントとして消化(昇華)するのですが、結構強いメッセージ(ある種の説教)を打ち出してくる。

本作は、「社会的弱者」のストーリーを軸に、人間の「欲望」をテーマとしていると思うんです。
実際、岡田将生は「欲しいものは何もない」と言い、満島ひかりは「全部欲しい」と言う。そして、「あなたが欲しいものは?」と、劇中CMの体で、観客に向けて投げかける。

あなたの欲望は、誰かの犠牲の上で満たされていませんか?

これがこの映画のテーマのように思うのです。なかなかの説教ですよ。
そういった欲と悟りの物語という点では、テレ東『コタキ兄弟と四苦八苦』に通じるものもありますな。

『アンナチュラル』や『MIU404』という「欲望」で観客を釣って、ドカンと爆弾(説教)を投げつけるという映画だったのかもしれません。
ま、せめてこの映画を観た若い人が、不在配達を減らすなど、宅配の方に配慮してくれることを願いますよ。

(2024.09.01 吉祥寺オデヲンにて鑑賞 ★★★☆☆)

超余談
この映画を観たウチの夫婦も「欲望」に負けましてね。
映画館からの帰り、最寄り駅から家までのラストマイルでカラオケ店に吸い込まれまして。私が『アンナチュラル』の主題歌「Lemon」を歌いたかったんですよ。ヨメは「満島ひかりだから」という理由で『カルテット』主題歌 Doughnuts Hole「おとなの掟」を歌い、じゃあ松たか子でと私が『大豆田とわ子と三人の元夫』主題歌「Presence」のラップ無視して松たか子パートだけを歌いました。後半は坂元裕二祭りじゃねーか。

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