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映画『エル』 モラハラ男の恐怖。まるでヒッチコック(ネタバレ感想文 )

監督:ルイス・ブニュエル/1952年 メキシコ

なぜだかここ数年、ブニュエル作品を(いまさら)よく観ています。
大好きなんだ。
以前も書きましたが、「ブニュエルのメキシコ時代は暗黒時代」と長いこと思われていたんですよ。

この作品は「ブニュエルがメキシコで最も精力的にあらゆるタイプの作品を取っていた」と言われる時期のもので、後に「これ傑作やん」と言われるようになった作品。私は今回が初鑑賞。

タイトルの「エル」とはスペイン語で「彼」という意味のようです。
ヤバい「彼」のお話し。

「ブニュエルだ」と思って観るから、「反カトリシズム、盲目的な愛、自己抑圧と加虐、フェティシズム…とブニュエル的な主題にあふれた傑作」などと評価がされるし、あらすじでも「40代の童貞オジサンが」的にコミカルに書かれたりもしているようですが、バリバリ恐怖映画です。
まるでヒッチコック。
彼女が抱く閉塞感、恐怖や絶望感は、『レベッカ』(1940年)や『断崖』(41年)に似ているように思います。あるいはポランスキー『ローズマリーの赤ちゃん』(68年)とか。
そう考えると『断崖』なんか、ハリウッドじゃなかったら『エル』みたいなオチにしたかったかもしれないな、ヒッチコックだったら。

私がこの映画を凄いと思うのは、今でいう「モラハラ男」の話ですよ。
モラハラ、いや、ハラスメントなんて言葉が生まれるのは、この映画から半世紀以上も後のこと。
言葉がないということは、そういった概念も世の中にはないのです。
でも、こういう男は、今ならいる。それは今なら誰でも知っている。
たぶん当時もいた。でも、それは表面化していなかった。
あからさまな異常者ではなく、善人の顔をして隣りにいる。
そしてこうしたモラハラ男は、決まって自分を「正義」だと思っているのです。
この「自分は正義」を振りかざすってのは、今だってそれほど一般に知られてるわけでもないのに、この時代にそれを描いた先見の明は凄い。
(原作がそうなのかもしれないけど)

それは裏を返すと、ブニュエルが「偏執狂が何たるか」が分かっていたということのように思います。まあ、それはヒッチコックも同様ですね。
端的に言えば、偏執狂の気持ちが分かるんですよ、彼らは。
いやまあ偏執狂だったんですよ、彼ら。
そう考えると「ブニュエル的な主題」の映画ってのは間違いじゃない。

あともう一つ。
主人公の男が彼女を口説いている時は、背後に位置することが多いんですね。
ところが、男が女を「自分の所有物」にして以降は、「高低差」の演出をする。教会の塔もそうですし、記念写真を撮る時も。
「ワッハッハー、見ろ!人がゴミのようだ」っていうのはムスカ以外見たことがない。
この立ち位置に、男女の関係性を描いている辺りも、ブニュエルがキレキレだった時期だと思います。

(2023.08.13 シネマヴェーラ渋谷にて鑑賞 ★★★★☆)

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