ヘアドネーションの功罪
この前編、後編の記事が公開されて、私の周りは何やら忙しくなってきた。
髪の毛全部失くして生きている円形脱毛症当事者として、或いは円形脱毛症の患者会の副会長としていろいろ思うことはあるのだけれど。
私自身はもうウィッグを必要としないメンタルなので、このドネーションにあやかるつもりはないが、まさに今円形脱毛症のみならず、癌などの病気や怪我、その他の理由で髪の毛がゴッソリ抜けてしまったら、これを読んでいる貴方ならどうするだろう?
もちろんここには男性、女性、年齢差なども深く関与してくるとは思うが、ごく一般的な感覚から言えば、やはり何らかの形で髪の毛がある風を装うのが一番手っ取り早い方法だと思う。
ウィッグ。
かつらとも呼ぶ。
普通の人は癌にでもならない限り、ある日突然髪の毛がどんどんなくなることなんて考えたこともないだろう。
生まれた時、物心ついた時からは常にあるものだから。
そりゃー、皆多少の髪の悩みはあると思う。
くせ毛だとか、毛量がどうのとか、雨の日はまとまらないとかね。
そんな次元の話ではないのよね。
ウィッグ(かつら)がなければ外出すらできない、社会生活を円滑に送れない事が実は問題。
何故なら世の中のほとんどの人が髪の毛がある前提で世界が回っているから。
この記事を書いた人はそこをもう少し深掘りしたかったのだろうなと思う。
ドネーション(寄付)するのはとても尊い行為。
結構長い時間かけて伸ばした髪を寄付してもらえて、無償のウィッグを子供たちや若い世代に提供出来るのは素晴らしい活動だと思う。社会的にも十分すぎるくらい意義がある活動。
でもひょっとして「良かれ」と思ってやっている事がある種の価値観の押し付けになっているかもよー?と警鐘を鳴らしたいのかもしれない。それはいいところを突いてると思う。
確かに。
髪の毛がない=ウィッグ被ればいいじゃん!
しかも私は寄付しているのだからいい事してるのに何でそれが悪いみたいに言われるの?
と、聞こえるかもしれない。
ウィッグって、実はそんなに着心地?被り心地いいものではないのですよ。
安物はチクチクしたりするし、毛先は絡むし、定期的なお手入れや買い替えも必要だし、保険は効かないしで、本当しんどい。
一年に一度ハロウィンでかぶるコスプレ用ウィッグとは似て非なるもの。
夏は当然ながら蒸れるし、冬は乾燥してくるし、何よりウィッグは被った瞬間からその人を髪の毛があるように見せかけるものだから、バレてはいけないプレッシャーと、本当のわたしは禿げているのに、これは仮の姿だという謎の罪悪感がグルグルに入り混じって大層肩が凝る代物。メンタルもやられる。ウィッグ被るだけでもう満員電車に乗っているくらいHP削られる。
でも彼ら彼女達は、ウィッグがなければやはりまともな学生や社会人とはみなされないから仕方なく被っているだけ。
本当は自分の髪の毛が再度生えてくるのが一番に決まっている。
(今のところ円形脱毛症に関しては特効薬や治療法はない。新薬の情報もあるが認可はもう少し先で治療の対象も限られる)
そんな状況であることは、たぶんまだあまり知られていないのだと思う。
大体「円形脱毛症」ってネーミングがあの、100円玉みたいな部分ハゲのイメージ強すぎだからね。
医学的は部分ハゲも全部ハゲも同じだからそういうネーミングらしいけど、まさかそんなにハゲるなんて誰も思わないからね。
この記事の後編に出てくる「女性にもはげる権利がほしい」って社会学者のYさんに話したのは実は私です。
でもほとんどの脱毛症当事者はそんな事思ってないと思う。
皆やはり地毛を取り戻したい。
そうでなければ、どうか私がウィッグを使用していることが周囲にバレませんように。
それが切実な願い。
そして、こういう場所や患者会やアンケート、取材、マスコミへの顔出しや名前出し出来るのは、全体から見ればほんの一握り。ごく一部。
ほとんどの脱毛症当事者は自分の存在をそっとしておいてほしいとごくごく親しい人にカミングアウトしているか、していないかのその程度。
家族にさえ、ウィッグ取った姿を見せない人もいるくらい。
だから私はYさんの言葉を借りれば激レアキャラなんだって。
ポケモンで言うたらマネネくらい?
ちょっと話が逸れた。
ヘアドネーションに限らず、寄付なり、ボランティアなり、何かを無償で提供する時、その背景に何があるのか、何が起こっているのか、その困りごとは寄付やボランティアで本当に助かっているのか、あるいは、逆に誰かを追い詰めてはいないか?寄付する側の価値観を無理矢理押しつけていないか?
これは髪の毛に限らず、誰もが自問自答するべき課題だと思う。
寄付する側のある意味責任かもしれない。
私も災害とか起きたら、何も考える事なく、ポイポイ少額を日本赤十字とかに寄付したりするのですが、もう少し慎重になる時かも知れない。
賛否両論あるこの記事ですが、お時間のある時に読んでみてください。
そしてウィッグを使わなければいけない人達が払う代償のようなものに思いを巡らせていただけると嬉しい。
飛び上がるほど嬉しい。
マスク一枚取るにしてもこれだけ周りの人の目が気になる国民性だ。彼等が背負うものがどれほど途轍もなく大きく困難か、ほんの少しでも想像してみてほしい。
書き散らかしましたが、最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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