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インドのひとたちとわたくし。(162)ー熱波でも元気

 今年に入ってもう何度目かわからないヒート・ウェイブのせいで、週末は最高気温48℃である。車のボンネットでチャパティが焼ける。結婚式で実際にそれをやってみせているひとをニュースで見た。
 夜になってもまだ40℃越えなのでほんとうに外に出る気がしない。午前中、200メートル先のスーパーに行くのも躊躇する。もうなんでもデリバリーだ。
 今日はどうしても外出する必要があって、久しぶりにUber を使った。熱波をまともに浴びるので、オートを使うのは当分無理。
 途中の道すがら、見慣れていた道路沿いの長屋のようなスラムが跡形もなくなって更地にされていた。これもニュースで見たが、今デリーの公社が違法滞在移民を立ち退かせる強制的な『解体ドライブ』をやっているのだ。立ち退かされた住民の行き場所をきちんと確保できていない強引な手法そのものが『ブルドーザー政治』と批判されている。もともとスラム住居には水道も電気もガスもないが、この暑さの中、放り出された住民たちはいったいどこへ行ったのだろう。小さい子どものいる家族も多かった。彼らの多くが地方からやってきて、男も女も裸足やサンダル履きのまま、工事現場などの日雇いで働いている。デリーのような大都市では彼らこそがエッセンシャル・ワーカーなのだ。高速道路の高架下で寝泊まりしている一家も見かける。デリーの冬の寒さも身体にこたえるが、この熱波も生死にかかわるレベルに達している。

 用事を済ませて帰宅すると、たいそう久しぶりにアンキタから連絡があった。
 前の会社で、総務と人事、それから経理の一部まで担ってくれていた、たいへん有能なワーキング・ママだ。今は別の会社で人事の仕事に就いている。
 ロックダウンして以来、2年は直には会っていないが、元気そうだ。あのとき5歳だった息子もプレスクールを終えてそろそろ小学校に上がるはずだろう。

 パンデミック中、アンキタは家で日本語を勉強していた。

 怠惰な私とは違い、仕事をしながらインターネットで独学し、なんと今年の初めに『日本語検定5級』を獲得したというから、すごい。
 我々から見て、ほぼ日本人並みにビジネス日本語を使いこなしているスミットで4級である。5級はそれに比べればだいぶん語彙数も少ないのであるが、自己紹介や簡単な挨拶くらいは余裕でできる。インドのひとは多言語使いが多く、言葉を覚えるのが早い気がするが、それにしても、たいしたものである。

 なんで語学の勉強を始めたのかと思ったら、「今の仕事だけではこの先、給料は上がらないので、スキルアップしてもっとよいお給料の仕事に転職したい。できれば日系の企業がいいかなと思って」だそう。
 実は彼女の弟がプロの日本語通訳をやっていて、日系大手メーカーの社長専属通訳のような仕事で日本に出張したりもしていた。そのとき彼がお土産に買って来たチョコレート菓子『ブラックサンダー』は、アンキタ親子の大好物になっている。これは今や成田空港でも売っていて、私もお土産に頼まれた。

 そんなこともあって日本語に興味を持ったのかなと思う。

 夕方、近所の公園を散歩した。1周300メートルに満たないくらいの遊歩道があり、そこをみんなしてぐるぐる歩いたり、芝生でヨガをやったり、健康遊具で身体を動かしたりと、なかなかの賑わいだ。バドミントンやサッカー、クリケットで遊ぶ子どもらの姿も多い。
 芝部の一角で、中高年女性のグループが音楽をかけながら、緩やかな体操に勤しんでいる。音楽に歌がついていて『ヨガヨガヨーガ―』と聞こえるから、これもヨガの一種みたいだ。20分くらいの体操が終わると、思い思いに芝生に座って、誰かが持ってきた食事を食べ始めた。お菓子ではなくて、ちゃんと皿に盛られたカレーとチャパティのようだ。この時間だから夕食にはまだ早い。しかしこれでは体操した甲斐がないのでは。余計なお世話だが。
 外国人の姿は見かけない。それで目立つのか知らないが、遊んでいた小学生くらいの男の子たちが、「ニイハオ」、「ニイハオ」と、しきりに声をかけてくる。これだけで侮蔑されたとは感じないが、言わなければわからないだろうと思って、ちょいちょいと手招きしてみる。好奇心いっぱいの男の子と女の子5人が近づいてきた。
 
「『ニイハオ』は中国の言葉だよね。知ってる?」
「うん、知ってるよ」
「私は中国人じゃないの。だから私に『ニイハオ』って言わないで」
「じゃ、どっから来たの?」
「日本だよ」
「へええ」
「とにかく『ニイハオ』は違うから」
「ハイ」

 登録している政府アプリ『Co-Win』から、3回目ワクチン接種の案内が来た。2回目接種から今は9カ月経過で案内が来るようになっているらしい。4月末くらいから再びデリーやムンバイなどの大都市で感染者が増えだしたせいか、ワクチン・センターはどこもなかなかの混み具合のようだった。
 ようやく近くの大きな病院に空きスロットを見つけて出向く。ここは、ラジーブ・ガンディーの名を冠した癌センターだ。いつもお世話になる総合病院よりはやや庶民的な雰囲気だが、とにかく大きくて大勢が出入りしている。
 ワクチン・センターは2階の仮設部屋で、会計を先にした後、隅っこに置いてある衝立の向こうで接種してくれる。最初のころは接種後30分の隔離とか、けっこう厳しくやっていた気がするが、今回はぱっぱと打ったら、看護師の女性がさっと手を振って「ハイ、おしまい」と言って出て行った。もう帰ってよいみたい。簡便になっている気がする。
 ありがたいことに3回とも副反応はなにもなかった。ワクチンを3回接種したからといって絶対だいじょうぶなわけではないが、最近は日中45℃くらいになるからか、マスクをしないひとたちが目につく。これほんとは見つかると罰金ものなんだけど。
 会食も普通にあるし、飲食店も遅くまで営業できるようになった。できる対策はしておくに越したことはない。

 今日はアマンからメッセージが来ていた。彼との不思議な日本語会話はまだときどき続いている。「こんばんは。夜はよく眠る」これはたぶん英文のsleep well だろうな。「ワクチン3回目に行ってきた」と教えると、日本語で「今の気分はどうですか」と聞いてきた。副反応のことを言っているに違いない。なんともないよ、おかげさまで。

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( Photos : In Delhi, 2022 )

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