インドのひとたちとわたくし。(160)ー『窓ガラスのない乗り物』から見えるもの
日中の気温が40℃台になり、「窓ガラスなしの乗り物」はそろそろきつくなるのではあるが、ちょっとした近場の外出にはUber ではなくて、オートを使う。Uber は明朗会計で安心でだけれども、時間帯によってまったくつかまらないときがあるし、来るまでに15分以上かかることもある。行先をインプットして呼んでいるのに、ドライバーから直接、電話がかかってきて目的地はどこかと尋ねられる。近すぎたり遠すぎたり、要するにドライバーの都合に合わないと電話を切られて向こうからキャンセルされることがたまにあるので油断できない。
黄色と緑で塗り分けられたオートリクシャ、通称『オート』ならばどこででもつかまる。料金体系があるようでないようなものなので、乗車前にドライバーと口頭で値段を言い合う。折り合えば乗る。
いつも同じ場所で利用するうちにドライバーに顔なじみができたりもして、このあたりは観光地でもないから、ぼったくられる心配はない。が、このところは燃料となる圧縮天然ガス(CGN)の値上がりが激しいので、商売は厳しいらしい。年配のドライバーがぼやいていた。
乗り合いの電気自動オートもある。普通のオートに比べて3割かそれ以上、料金が安い。赤や青に塗られていて、向かい合わせに大人4人ほどが座れるようになっている。ドライバーの横にまで無理やりに乗れば、5人以上も乗車可能だ。
この電気自動車は、見た目こそ遊園地の乗り物みたいで愛らしいが、乗り心地が恐ろしく悪い。サスペンション機能がないのだろうか、振動がもろに来る。危ないので、ドライバーの肩越しに前方の路上に目を配り、ハンプ(スピード防止の隆起)や穴ぼこがあれば、しっかりつかまって踏ん張っておく必要がある。一応、衝撃を避けようと運転しているようではあるけれど、『ガッコン』という音とともに、身体が浮いてドンっとシートに手痛く着地するので、心しておかないと荷物や身体ごと車両から飛び出しそうになるのだ。使うのはあくまで近距離の、慣れた道のり用というところだろうか。
乗り合いなので、途中区間で声をかけてくる他の乗客が乗り合わせてくることもある。大人4人では正直言って狭い。お互いに膝を横に突き出して座る感じ。子ども連れの女性や、学生風の若い女性たちがよく利用しているが、知らない男性と膝をくっつけて乗るのに抵抗はないのかしらん。ここらへんは日本の満員電車の感覚と近いのかもしれない。そこにいるけれどお互いに『いないふり』をする、みたいなものか。
こういう乗り物は窓ガラスがないせいか、エアコンが効いて黒いメッシュの日よけを張った車の中では感じ取れない街の空気や匂い、それに砂埃を浴びることができる。
通院しているクリニックの行き帰りは、中規模の商業モールや集合住宅のあるあたりを通り抜ける。集合住宅は、流行りの高層ではなくて、日本で言う4階建てくらいまでの、やや古い建造物である。アパートメント群ごとに名前を冠したゲートがあって、暇そうな門番が来訪者と世間話をしたり、黙って椅子をあっためたりしている。
敷地の外側には住民を当て込んだ八百屋や果物屋の屋台、青空床屋に、炭火で熱した鉄のアイロンを使うアイロンがけ屋、路上にミシンを出した繕い物屋などが屋台や掘立小屋で店を構えている。車道から道路沿いの樹木越しに見える各住居は、色とりどりの洗濯物が翻っていて、住民の飾らない生活ぶりが垣間見える。日本の公団住宅みたいな感じでもある。
モールの近くには、立食のスナック屋台やタバコ屋が軒を連ねる。昼時はなかなかの人気で、男性も女性も立ったまま、スナック屋台で『モモ(インドの餃子)』や『チャート』と呼ばれる軽食をぱくついている。
大きな交差点に出ると、停車中にいろいろな物売りがやってくる。男たちは、布巾の束や車窓用の日よけ、書籍などの割と重いもの、女性は筆記具や子供向けの風船など、子どもたちもいる。子どもらも嵩張らないペンなどを売ったり、単なる物乞いをしたりしている。窓ガラスのないオートに乗っていると、腕など掴まれることもあり、断るのに苦労する。たまにではあるが、太鼓を叩いてバック転をする子たちもいる。こういう子どもの物乞いの背後には元締めみたいなのがいて上前をはねることが多いらしい。子ども自身にはほとんど実入りがないのであげないほうがよいと言われた。
心優しい友人のスミットは、自家用車に配布用の食糧パックをいくつも積んでいる。豆・米・砂糖をそれぞれ250gくらいずつビニール袋に詰めてひとまとめにしたものだ。「現金を渡すと何に使うかわからないけど、食べるものを渡せば少なくとも子どもたちにご飯はあげられるからね。妻と相談してこうすることにした。予算はひとパックで100ルピー(約150円)もしないし」と言っていた。妻のプリちゃんも、旅行の際にかばんにお菓子を詰め込んでいて、観光地で客に群がる子どもたちにはお菓子を配っていた。無理なく、できる範囲のことをする善良なひとたちなのであった。まだ30代の若いカップルだけれども、こういうところはほんとうに尊敬する。
ところでいつも通る道沿いに結婚式場がある、というか正確には「あった」。1,000人くらい来ても大丈夫そうな大きさなのだが、造りがとても大雑把で、正面だけは色とりどりのテープやカラフルな布を張り巡らせているものの、交差点の角にあたる土地だから、角を曲がって裏手に回ると鉄骨の骨組みにベニヤ板を張りつけたような安普請なのが丸見えなのだった。
この結婚式場が真っ昼間に火事になって焼け落ちてしまった。その、たまたま燃え盛っている瞬間にオートで行きあってしまった。こちらが風上だったので煙を浴びることはなかったが、みんなして車を止めてまで近くで火事を見ようとするものだから、あたりがひどく渋滞してしまっている。
消防がかけつけてすぐに火は消し止められた。焼け落ちた後の式場は、余計な化粧板や装飾が焼けてぜんぶ削ぎ落され、黒焦げの鉄骨だけが無残というよりは清々しく林立していて、なんだか新潟の芸術祭あたりで見かけるモダン・アートの作品みたいな風情を醸している。のちのニュースで怪我人はひとりだけということだったのはよかった。
‐ オート運転手ストライキ、燃料価格高騰で( Newstrack, 8th Apr. 2022 ).
‐ インドのホームレスの人々について(The Borgen project,29th Apr, 2022 )
‐ ロックダウンによるホームレスの人々への影響 ( IndiaSpend. 13th May. 2020 )
( Photos : In Delhi, 2022 )
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?